洗礼(異世界関係なし)


「美味いっ! 美味すぎる!」


 文明の象徴、衣服を身に纏った俺は、ミルの作ったミルクシチューを一口啜るなり、感激した。


 何だこれは!? 美味すぎるぞ。


 異世界に来てからなんとなく気づいていた。こっちは空気ですら美味い。きっと魔力があるせいなのだろう。


 だから食べ物にも期待できるんじゃないかと踏んでいたのだが、案の定だ。


「そ、そんなにですか?」


「はい、ミルさんは料理の天才なんですね!」


 意外そうな顔をするミルに、俺は満面の笑みでそう言った。


 ちなみに、スキルを使った結果出た言葉ではない。本気で美味いんだ。


 まぁ、結局俺の視界には同じような文言が浮かんでいたことに、言った後から気づいたのだが。


 ……これ、オフにできないのかな。正直、話す人全ての求めているものが分かってしまうと、人間不信になってしまいそうだ。


「そうでしょうタイトさん。この子は本当に料理だけは得意でしてね。いつでもお嫁にいけますよ!」


 この言葉は俺の横にいる、ミルさんの父親であるランドさんのものだ。


 いいぞ親父、もっと言え。服をくれた恩もあるし、俺もお返しに言って欲しいこと返してやるから。


「そうですね! でもこの村でランドさんも一緒に暮らすなら、婿を貰うってことになるんでしょうけど」


 これを望むってことは、ランドさんにとってミルは自慢の娘で、離れたくはないんだろうな。


「む、婿ですか……そ、そうですな……いやぁ、何だか今日はいい夜ですな。ミル……今日は飲んでもいいかな?」


「もう、お父さん……怪我してるのに」


「牛も無事に帰ってきて、お前の命の恩人を招いているんだ。これくらい振舞わなくては。そうでしょうタイトさん!?」


 難色を示すミルに、一人では与し難しと見たのか、俺に振ってくる親父。


「あ、あはは……明日も朝から牛の世話があるでしょうから、翌朝に響かない程度なら。明日に残ってしまったら、手伝えませんし」


 俺は親父さんに付き合いつつも、朝からミルを手伝うつもりであることをさりげなくアピールした。


『た、タイトさん……』


 親子揃って感激の様子で、すっかりご機嫌になったランドさんは勿論、ミルも含めて小さな酒宴が開かれることとなった。



 ◇



「ふう……何て綺麗な星空なんだろう」


 酔いを醒ましてくると言って外に出た俺は、適当な芝生に腰掛ける。


 美味い空気に、美味い食事に、綺麗な星空。素晴らしいな、異世界。


 これはあの女神の言う通り、元居た世界での俺は嘘で、こちらの今、ここにいる俺こそが真の人生だったのではないか、なんて思ってしまう。


「……んなワケ、あるか」


 分かってるよ。もう戻れないから、前向きになるしかないから、こんな風に無理矢理考えようとしてるだけだ。


 ……泣くな。もう振り返るな。前を見るんだ。


「タイトさん? どうしたんですか?」


 俺が古い歌にある歌詞のように、涙が零れないよう、空を見ていたら、後ろからミルの声がした。


「……あぁ、ミルさん」


 俺は急いで涙を拭い、彼女の方を振り向いた。


「ごめんなさい、お父さんが強引で……酔ってしまいましたか?」


 彼女はひざ掛け用の毛布を抱えていた。


「いえ、全然大丈夫です。ただ、あまりにも綺麗な星空だったから」


 俺が直ぐに家に入ろうとはしていないのを察したのだろう。ミルは隣に座って、俺にひざ掛けを渡してきた。


「そんなに綺麗ですか? 私には、いつも見ている空です」


「最高じゃないですか……いつもこんな綺麗なのを見られるなんて」


「…………」


 ミルが何かを言いかけてやめたのが分かった。


 多分、『ここに住めば毎日見れますよ』とでも言おうとしたのではないだろうか。


 空気の読めない俺でも分かる。ミルはおそらく俺に好意を持ってくれている。


 まぁ、彼女からしたら俺は恩人だしな。不自然ではない。


 俺もミルのことはいい娘だと思っている。自分の身を挺して動物を守ろうとするところも、家族思いなところも、相手を立てて少し控え目でいるところも。


 ……あれ? かなりの好条件じゃないか? あと、まぁ……健康体だし。


「タイトさんは、これからどうなさるおつもりなんですか?」


 問いかけてくるミルの方を見る。俺は勿論『ここでずっとあなたと暮らしていこうと思います』なんて言葉が視界に浮かんでくることを予想、いや……期待していた。


 だが、視界に出た……予想とは違うその文言に驚きつつも、俺はそれを読み上げる。


「えっと……しばらくは、ミルさんのお手伝いをしながら、色々なことを教えてもらおうかと思っています。その内に自分のやりたいことが見つかったら、旅にでも出ようかな……と」


 ……え? あれ? なんで? 


 ミルは俺のことが好きなんじゃないのか? だったらずっと一緒にいたいと俺に言って欲しいはずじゃないのか?


「そうなんですか……タイトさんが出て行きたくなるまで、ずっと居てもらって構いませんから……ね?」


 その癖して、ミルは潤んだ瞳で、頬を赤らめながらそう言った。


 その顔は、正直めちゃくちゃ可愛かったし、魅力的だった──けども!!


 え? どういうこと? どういうことなの?


 つまり……俺に好意は持っていて、ずっと居て欲しいとは思っているものの……?


 出会った初日にも関わらず『ずっとここであなたと暮らしていくよん』なんて図々しいこと言ってくる男はお断りだよってこと?


 ていうか、図々しい男かどうか、審査された?


 もしかして……そんな図々しくて、無計画な、感情だけでものを言う男ではないことを確認した後で、ミル側から『ずっと居ていいんですよ』ってワンクッションを挟んだ上で一緒にいたいって……ことぉ!?


 なんてこった……俺は……無敵じゃなかった。


 こんな『相手が何て言って欲しいか分かるスキル』なんて手に入れて、最強になったつもりだったけど。


 怖い! 女の子怖い! 純粋な顔してしっかり審査、選別してくる! 怖い!!


 俺は身震いするのだった。

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