ぶらぶら無双



「ぎびぃっ!?」


 そんな汚い悲鳴を上げた怪物が吹っ飛び、木にぶち当たり、血をまき散らした。関節もあらぬ方向に曲がっているし、死んだか、生きていたとしても戦闘不能だろう。


 俺はそのまま女の手を抑えていた怪物その2に向き直り、首を掴んで持ち上げた。


 そいつは、次に女の相手をするのは自分だと思っていたのか、纏っていた鎧や布を外しかけていた。


「いらんのなら、その布をよこせ!」


 俺は怒鳴りつけながらも、背後で怪物その3が俺を狙っていることを、気配で察していた。


 そちらに向けて持ち上げていたその2を盾にする。


「ぐぎぃっ!」


 予想通りだ。その3が突き出した短剣がその2の背中に刺さる。


 そのまま掴んでいた手を放し、引き抜けない短剣と俺を交互に見るその3の逡巡する顔面に思い切り拳を叩きつけた。


「ぐぎゃああっ!!」


 短剣で繋がったままの怪物その2と絡み合うように、歯やら血やらをまき散らしながら、怪物その3は数メートル先へと吹っ飛んでいった。


「あんな汚れてるんじゃ服は期待できそうにないな……」


 ここで俺は、自分の異常な力に初めて驚いた。


 ちらりと横目で最初に蹴り飛ばした怪物その1を見てみると、完全に絶命しているようだ。


 ……本当だ。あのクソ女神の言った通り、以前からは想像もつかないような力が身についているらしい。


「…………」


 生き物の命を、絶ってしまった。異世界にきて早速。


 だが、そうでもしないと守れなかった命を救えたのだから、良しとしよう。身勝手な正義かもしれないが、今は無理にでもそう思わないと、止まってしまう。繋がなくては。


「…………」


 ちらりと、怪物達が囲んでいた女の方に目をやる。


 彼女は震え、涙ぐみながら、こちらを見ていた。


 服も茶色い髪も泥まみれで、碧い瞳は恐怖に囚われている。


 ……何と声を掛けたものか。


 そう思った瞬間に、視界に光り輝く文字が映った。


≪もう、大丈夫だ≫


 ……そうか。これがあったな。あのクソ女神が寄越した『何て言って欲しいのか分かるスキル』が。


 忌々しいが、この状況ではありがたい。早速利用させてもらおう。


「もう、大丈夫だ」


 俺は女の方へ向き直り、両手を広げてそう言った。


「いやぁあああっ!!」


 だが、女は自分の両手で目を覆いながら、悲鳴を上げた。何故だっ!?


「……あ」


 そうか、俺は肉体をフル開示状態だった。いきなり化け物に襲われ、さらに全裸の男が現れ、その化け物を殴り殺したのだ。パニックになっても仕方がない。


「大丈夫だ! 俺は変態じゃない!」


「いや、来ないで!」


「身ぐるみを剝がされただけなんだ! 君に危害は加えない!」


 嘘だが、クソ女神に転生させられたばかりで全裸なんだというよりは遥かにマシなはずだ。


「それならせめて前を隠して!」


 ……あれ? 会話ができてるな。言葉が通じるとは思わなかった。


 ……考えるだけ時間の無駄だな。どうせクソ女神の加護だろう。


「そうだった。それより、その牛……? は大丈夫なのか?」


 俺の言葉に、女はハッとなり、横たわる牛に向き直った。


「モル! しっかりして!」


 俺も駆け寄る女の後ろに近づき、牛の容態を見てみる。


 ……どうやら怪物達から直接攻撃はされなかったものの、脚が折れているようだ。


「…………」


 俺が駆け下りてきた山道を見上げると、道の端が少し崩れていた。どうやら化け物達に追い立てられ、あそこから滑り落ちたのだろう。


 この様子では、もう自分で歩くことはできないだろう。この女……少女といっても差し支えないような身体で、牛を運ぶことも不可能に違いない。


「モル……今、治してあげるからね」


 俺が残酷な事実を少女に告げようか悩んでいると、少女が突拍子もないことを言い出した。


「……治せるのか?」


「ええ……」


 そう言って目を閉じた少女が牛の脚に手をかざすと、魔法陣が浮かび上がった。


「ヒール」


 少女がそう言うと、魔法陣から牛の脚へと光が移動していく。


 状況から察するに、これは魔法だ。回復魔法。


 すごいな。本当に、そんな奇跡が起こせる世界なのだな、と俺が感動していると──


「……駄目」


 ──少女が被りを振る。


 その言葉通り、牛は立ち上がろうとするも、すぐに崩れ落ちてしまう。


「駄目なのか……」


 なんでだ? 回復する魔法で回復できない? 擦り傷や切り傷にしか効果がないのか?


「ごめんなさい……モル。下手くそで……! 私が、もっとあなた達の身体に詳しければ……」


 俺の眉根がぴく、と上がった。


 どうやら、対象の身体の構造に対する知識があれば上手くいく──らしい。


「今の魔法……やり方を教えてくれないか? 俺がやってみる」


 俺が傍らにしゃがみ込むと、少女は救いを求めるような瞳で俺を見た。


「あなた……知識があるの?」


「牛は専門ではないけどね。やるだけやってみるさ。教えてくれ」


「えっと……手の先に意識を集中して……怪我をしている部分に、魔力が流れていって、壊れている部分が、元に戻っていくイメージを……」


 言われた通り、俺は牛の脚に手をかざし、先程の少女のように目を閉じた。


 自分の手の先に暖かい光を感じる。多分魔法陣が出ているのだろう。


 ……馬鹿らしいなどと思うな。これが患者を救う手段なら、全力を尽くすだけだ……!


 それが牛の脚に注がれ、骨の欠損部分を修復、再構築していくイメージを。


「……治れ!」


 魔力が対象へと流れ込んでいく不思議な感触に、俺が驚いて目を開けると、モルとか呼ばれていた牛が、何事もなかったように、眠りから覚めたかのようにあっさりと立ち上がった。


「おお、や──」


「やった、やったぁ! ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 少女が涙を流しながら俺にしがみついてきた。


「あー、礼には及ばないさ。だが、一つ頼めるのなら……」


「はい、何ですか? 何でも言ってください!」


「何か、服を……せめて、一部分でも隠せる布があると、ありがたい……」


「きゃあっ!」


 俺がそう言うと、彼女は思い出したといわんばかりに飛び退き、顔を真っ赤にした。


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