ミル編
ブチギレぶらぶら
目の前に広がるは、見渡す限りの大自然。山奥の秘密基地を思い出す。
見たこともない植物が茂る大地に、青やら赤やら、これまた見たこともない色の葉を付ける森。
極めつけに、ビルなどの人工的建造物はおろか、電線の一本も映らない空の彼方には、ドラゴンが飛んでいる。
「……マジふざけんな」
俺の心境を表すに、この一言に尽きる。
これを見せれば、一目で分かるじゃないか。ここは、俺の元居た世界じゃない。
なんで言わないかな? と問いただしたところで、あの女は『言いました』って答えるんだろうなぁ。
……だって、女だもん。
自分の視点から見たことが全てで、自分の要求を叶える──いや、叶えさせることが第一で、相手の視点から見たら、とか相手の心境を
とにかく、今までの俺は死んだ。肉体がトラックに潰されて向こうの世界には戻れない。
「もう、坂本には会えない……きっと、目の前で俺がミンチになって、悲しんでるだろうな」
人は生きている限り、立たなくては。立って、歩いていかなければ。
自分から命を絶つなんてことは、あってはならない。
おそらく精神を病んで自殺する医者が一定数いるからだろうけど、俺達医療に携わる者は度々そう言われることがある。そう刷り込まれている。
「分かってるさ……言われなくても」
そう言って俺は立ち上がり、どこへとなく歩き出した。
「勝手な都合で殺されて、一方的に要求を押し付けられて、開業医の夢を断たれても、親友に二度と会えなくても、それでも──」
気が付いたら、俺は涙を流していた。
「くそっ!」
頭を振り、涙を拭う。
「…………」
涙を拭った腕を見て、気づく。
腕の毛も、指の毛も、脛毛すらない。
声も、前の俺より少し高い。なんていうか、女が喜びそうな中性的なイケボってヤツになっている。
本当に生まれ変わってしまったんだ。きっと顔も違う。
「……ちくしょう」
……切り替えろ、前を見ろ。無理矢理にでも切り替えなければ。
「あの女……俺が千年に一人の、神に匹敵する存在で、色々な能力……スキルだっけか。スキルを盛りに盛ってやるみたいなこと、言ってたな」
だったら、まず、服を出すスキルが欲しいのだが。
「なんで全裸なんだよ」
そう、俺は全裸だった。ブラブラさせながらぶらぶらしているのだ。
こんな状態で誰かに会ったら、不審者扱いされないだろうか?
しかしそれでも前に進まなくては、誰かに会わなくては。こんな右も左も分からない世界で一人でいたら、行き倒れは確実だ。
「問題は、会えたその人間が、俺を危険のない人間だと認識してくれるか、だな」
……奇跡的にこちらの世界では、全裸でぶらつくのが文化だったりしないだろうか?
「……嫌だな。そんな世界」
なんて一人で呟いたその時だった。
「きゃああああっ!!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
やはりこちらでよかったんだ……!
あてもなく歩いていたとはいえ、少しでも草が生えていなかったり、低かったりする方を選んできたのだ。
人がよく往来する場所には、踏みしめられてあまり草が茂らない。これも自然界の淘汰の一つだ。
俺はすぐさま悲鳴が聞こえてきた方角へと走り出した。
自分で自分の足の速さに驚いた。そういえば先程から山道や、森の中を歩いているのに、息一つ切れてやしない。
自然豊かな山奥だからなのか、やたらとうまいこの空気を吸えば吸う程、力が漲る気がした。
……いた。
俺は信じられない速さで山道を駆け下りながらも、悲鳴の主を視界に収める。
若い女だ。女が、横たわる……牛かな? そいつを庇うように両手を広げている。
その対面にいるのは……なんだありゃあ? 小さな鎧やら盾やらを纏った、緑色の肌をしたチビ怪物だ。
三人……匹でいいか。三匹程で目の前の牛を庇う女に向けて、持っている小さな斧や短剣をチラつかせたり、かざしてはゲタゲタ笑っている。
「い、いやぁ……!」
どうやら横たわる牛は怪我をしているようだ。動けないでいる。
牛が逃げることも、自分達の邪魔をすることも出来ないと悟った怪物達は、女の両手足を押さえつけ、地面に組み伏せた。
殺す気か……? いや、あれは──
俺は異世界にきて早々、ブチギレそうになった。
元々怒り心頭に発してはいたさ。でも、九割の怒りの中に、美しい景色や、うまい空気に癒されていた自分がいたことは否めない。
そんな一割の清々しさを、自分の勝手な都合で、欲望で踏みにじってくれたな……!
どんなに理不尽で、傲慢で、身勝手な女だろうと、俺達は
「そうだろ!? 坂本ぉぉぉぉおおっ!!」
怒りに任せ、超人的な跳躍をした俺の飛び蹴りが、今まさに女の柔肌に触れんとしていた怪物の頭部に炸裂した。
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