女の人っていつもそうですね!




「なんだよぉ」


 いい加減湧き上がるイライラを隠そうともせず、俺は横柄な声を出した。


「何言ってるんですか! 千年に一人! 伝説! 神に匹敵!」


 最初のすまし顔はどこへやらといった様子で、彼女は俺に迫ってきた。


「さっき聞いたよ」


「だったらなんでそんなことを言うんです! ああ言えば、みんな大喜びでやる気出すのに!」


 彼女は俺を見下ろしながら、人差し指まで突き付けてきた。


 それは自分ほどの美人が褒めれば、男はみんな尻尾を振るって言いたいのか? 益々腹が立つな。


「思い通りにならないからって癇癪を起こして喚くな。これだから女ってやつは」


 俺の言葉に、女の顔がビキビキと引きつるのが見て取れた。


「あんたね。わたしは女神よ? さっきからそのダウナー具合、感情の回路死んでんじゃないの?」


 うわぁ、本性出たよ。あぁ……ドンドン女が嫌いになっていくぅ……


 ──どんな辛い目にあって、二度とごめんだと思っていても、気が付いたらまた求めてしまう、そんな素晴らしいものを彼女達は俺達に与えてくれる。 


 先程の居酒屋での坂本の言葉が俺の脳裏を掠める。


 本当か? 坂本。本当に彼女達は、そんなに眩しい存在なのか?


「それは申し訳なかった。でも、先程も申し上げた通り、俺はキミのご期待に沿えないよ。悪いんだけど帰ってもいいかな? 明日も早いんだ」


 ようやく上体を起こし、俺は先程よりは神妙な面持ちを作り、そう告げた。


 すると、女は一瞬驚いたような顔をした後、少し気まずそうに口元を手で覆った。


「……無理ですよ」


「無理?」


「あなたは、覚えていないのですか? わたしがどうやってあなたをここまでお連れしたのか」


「……覚えていない。親友と別れた帰り道、気が付いたらトラックに突っ込まれて、目覚めたらここだ」


「覚えているじゃないですか」


「はぁ?」


「それです。その乗り物をあなたにぶつけて、ここに連れてきたのはわたしです」


 ケロっとした顔で、こともなげにとんでもないことを言うこの女のイカれっぷりに、俺は戦慄した。


「あのトラック……お前が動かしていたのか!?」

 

「ええ、そうです」


 俺を撥ねて、気絶させ、拉致した……!? そして拘束こそされていないものの、ワケの分からない話を延々と聞かされている。


 ……カルトな宗教か!? 身代金目当てか? いずれにせよ、ぶっちぎりでヤバい女だ。


「目的は何だ!」


 俺が警戒しながら尋ねると、ようやく狙っていた会話に戻れたのだろうか? 女は驚きながらも口元を弛め、神妙な声でこう言った。


「……どうか、わたしからの祝福を受け入れ、この世界を救ってください……!」


「だから嫌だって」


 だが、俺の返答は冷え切っていた。


「あんたねぇ!」


 女は荒々しい口調で、恫喝してこようとするが、俺は脅迫には屈しない!


「キミのやっていることは犯罪だ! トラックで人を撥ねて拉致するなんて、間違いなく実刑ものだぞ! 死んだらどうするんだ!」


「だからあんたはもう死んでるんだっつーの! あのデカブツにブッ込まれて、潰れて死んだの! そんで魂をわたしが呼び寄せたの!」


 完全に精神に異常をきたしたのか、女は頭を抱えながら天を仰ぎ、口汚く叫ぶ。


「頭を抱えたいのはこっちだ! 普通に生きてるし、無傷だぞ! だがこれは奇跡的に運がよかっただけだ! 今なら被害届は出さないでやるから、大人しく俺を帰すんだ!」


「だからぁ、あんたもう帰る肉体がないの! わたしの言うこと聞いて、スキル受け取って、世界救うしかないの! なんっっで分かんねーかなぁ!? 察する回路、死んでんじゃねーの!? 空気読めよ!」


 女は完全にチンピラ丸出しの様子で、俺の胸倉を掴んで無理矢理立たせてきた。


「俺は空気が読めないんだよ! 能力スキルと言うのなら、『相手の言って欲しい言葉が分かる能力』でも授けて欲しいくらいだよ!」


 俺も負けじと手首を掴み返す。完全に取っ組み合いの図になってしまった。


「言ったな! 今お前から言ったな! お前が望みましたー! はい契約成立な!!」


 完全にケモノ剝き出しの顔で、女が俺の眼前に指を突き付ける。


「ふざけるな! こんなので合意だなんて取られて堪るか!」


「るせー! もう決めた!『対象が何を求めているか分かる能力』な!? くれてやんよ! 他にも馬鹿みてーに盛ってやるからゼッテーやれよ!!」


 完全に輩な顔の歪め具合で、驚くことに女は俺を片手で持ち上げた。


「いらん! 契約書も無しに成立させるな!」


「ステータス、カンストにしてやんし、魔力変換率も全属性相性マックスだオラぁ!」


「いらん! 勝手にヒスりやがって! これだから女は嫌いなんだ!!」


「少しでも他人と上手くいくように、魅了のスキルでも付けてやっかぁ!? くけけけけ!」


 もはや化け物といっても差し支えないレベルの形相で、女はゲタゲタと哄笑した。


「いらーん! 帰らせろ! 弁護人を呼べ! せめて弁護してくれるヤツを呼べ! そうだ、坂本だ、坂本を呼べぇぇぇえ! 坂本ぉぉぉおおおおおおお!!」


「坂本ぉぉぉおおおおおお!! じゃねえんだよ!」


 そう叫んで、女が俺に超スナッピーなビンタをした。


「ぐへぁっ!!」


 吹っ飛んだ俺は、眼下を目の当たりにして驚愕する。


 俺達が立っていた空間は、崖を切り取ったような危険極まりない場所だったのだ。


 そして吹っ飛ぶ俺の落下予想地点は、雲に覆われていた。


 雲の上。かなりの高所だ。山の頂上でもないこんな崖が、雲の上に浮いている場所なんて、世界のどこにある?


「……え、えぇ!?」


 次いで俺は驚愕した。俺の身体が光を放っている。


「……っ!?」


 目をやると、俺をぶん殴って飛ばした女からいくつもの光──確か、魔法陣とかいうヤツが、次々と俺に向かって放たれ、俺の身体に吸い込まれていった。


 自分の身体がこれまでとは違う、新しいものに生まれ変わっていくのが分かる。


 こんな、こんなことがあり得るなんて……!


 両腕を広げ、俺に向かって光を放つその女の姿は、さながら──


「──女神じゃないか」


 声は聞こえなかったが、唇の動きで、彼女が『だから、そうだって言ってるでしょう』と口にしたのが分かった。


 マジか。マジなのか……なんで分かるように説明しないかな!


 そう思った瞬間、俺の視界にある文字が浮かんだ。


≪女神様、あなたは最高です≫


 即座に理解した。これが……あの女の言って欲しい言葉なのだと。


「女の人っていつもそうですねーーっ!!」


 あの女の思い通りになるのが癪だった俺は、そう叫びながら落下していくのだった。

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