女神を自称するやばい女との出会い




「目が覚めましたか? 選ばれし英雄よ」


 俺が目を開けると、目の前にはこの世のものとは思えない程の美人がいた。


 光を反射させる長い緑の髪に、身体に巻き付くような白いドレス? なのか? 何か背中側に羽衣みたいなフヨフヨしたものが付いてる。ここからじゃよく見えんが。


 視線の角度からして、俺は仰向けに横たわっているようだ。


 ……あれ? 横たわるって横向きに寝ることだっけ? 仰向けに寝ていたらそれは横たわってはいないのだっけ?


 いや、寝そべること自体を横たわると表現したはずだ。だから仰向けに横たわるでいいはずだ。


 しかし眠ることを横たわるって表現するのは、普段立っていることが当たり前の、立っている者の視点から見た表現だよな。


「わたしの声が聞こえていますか?」


 ……立っていることが当たり前。


 そうだ。俺も正直心が折れそうになったが、それでも親友である坂本に励まされ、当たり前に立って、これからも歩いていこうと思っていたんだ。


 それなのに、どうしてあんなことが起こる。


 あんな不自然に、唐突に、視界のどこにも映っていなかった大型トラックが、音もなく俺の背後に現れる? 有り得ないことだと思うのだが。


「英雄よ。聞きなさい」


 思考を巡らせる俺に、再度美女は声を掛けた。


 ……なんだよぉ。うるさいな。


 正直今、俺は人生でワースト3に入るくらいに虫の居所が悪いんだ。


 滅多にないことではあるが、俺は横になったまま人と話すという、普段だったら考えられない暴挙に出た。


「キミは?」


「わたしはエレノアと申します。この世界を治める神です」


 ようやく俺が自分に興味を持ったからなのか、女は少し嬉しそうに微笑んだ。


 ……美人だな。そして、スタイルがいい。


 彼女の体を包んでいるドレスは、清楚そうな色合いに反して、胸元が大胆に開いている。そこに収まり……収まり切ってないな。たわわな胸部が彼女の健康さを主張している。


 だというのに不思議と下品な印象はない。


 俺がこんな気分でなかったら……心新たに頑張ろうと思った帰り道で彼女に出会っていたら、きっと少年のように舞い上がって、運命などというものを感じてしまっていたのかもしれない。


 いやでも、こんなことを言ったらおっさん扱いされてしまうかもしれないが、あんな派手な髪の色にあんな大胆な服を着ている人は大体危険だ。俺はつい彼女の手首に傷がないか視線をやってしまった。


 ……よかった。そういったものはないみたいだ。


「……ここは?」


「ここは神々の領域です」


 俺が寝そべっている地面には青々とした草花が茂っているし、彼女の後ろには美しい緑が広がっている。そしてそのさらに後方には、群青とも言える真っ青な空があった。


 昔、入り浸っていた田舎の秘密基地を思い出す。俺もそこで一人、自然に包まれては幻想的な思いに心躍らせていた。


 ……が、


「……いい精神科の先生を知っている。紹介状くらいなら書けるから」


 俺は感情のない声でそう告げた。


「ふふっ、わたしは正常ですよ」


「キミを異常者扱いして貶めたいワケじゃない。でもキミは……以前より自分が自分で見えなくなっているんじゃないかな? 昔と違って、自分を……コントロールできなくなっているって感じることはない?」


 完全に対患者モードになった俺を見て、女はおかしそうに笑う。


「ふふふっ! あちらの世界から来た人は、みんな最初に面白い反応を見せてくれますね」


「あちらの世界……」


 手首に傷こそないものの、結構やばいレベルで病んでるのだろうか、と俺が心配になってくると、女は俺の目を真っすぐ見て口を開いた。


「わたしはあなたの元居た世界の神ではありません。こちらの世界を……あなたにとっては異世界と呼ばれるものですね。それを救ってもらう為に、あなたを呼び寄せました」


「…………」


 ……何言ってんだ? やべえなこの女。


 なおも彼女は止まらない。


「わたしはこの世界を治める女神といっても、下界に直接干渉できるワケではありません。適性のある者を呼び寄せ、その者に、人の限界を越えた力を授けることくらいしか出来ません」


「適性……?」


「ええ、あなたは、過去に事例がない程の適性があります。元居た世界での嘘の一生より、こちらの世界でこそ、輝かしい真の人生が送れると断言できてしまう程に」


「…………」


「…………」


 何故か女神を名乗る女は、ちらちらとこちらを見ながら、期待するような笑みを浮かべていた。


「……何?」


「……えと、驚いたり、喜んだりしないのですね? 大体の人はここで期待に目を輝かせるのですが」


「あー……えと、なんで俺? 今の言い方から察せるに、他にも色々いるんだよね?」


 俺は無理して敬語を避けた。というのも、さっきからイライラして仕方がないからだ。


 こちらの都合をまったく考えず、人の人生を噓呼ばわりしたり、自分の言いたいことだけ言って、自分の望んだ反応が返ってこないと不満気になる……所謂女の身勝手というヤツを目の当たりにしたからだろう。


「あなたは……この世界の誰よりも適性があります。千年に一人の逸材です。受け取れるスキルの数も、魔力の上限も。伝説に残る、神にも匹敵する才覚の持ち主です。どうか、この世界を救ってくれませんか?」


 なんか急に褒め殺しにかかってきた。いい加減付き合うの面倒なんだがな。


 だが医者は絶対に患者の言うことを頭から否定してはならない。しかしやんわりと断るべきことは拒絶しなければならない。


「申し訳ないが俺にはその意志がないので、帰らせて欲しい」


「おお、よくぞ言いました英雄よ……って、えぇ!?」


 そう言って自称女神さんは、取り繕っていた表情を大いに崩して、目をかっぴらいた。


「なんだよぉ」

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