第2話どうしてこう鳴った!

「あばばばばばッ!!! いでででででッ!!」

 顔面を激しい痛みが走る、いってぇ! 本気で涙目になる、しかも何かが押し付けられているのか身体が動かない。横を見るとペットボトルと中の水が激しく蠢いて、更に目覚まし時計が狂ったように表示が切り替わり荒ぶっている!

「うわああァァあ! 何か怖い!! 痛いッ!」

 頬を打たれ続けた感覚が止むと身体が自由になった、今度はちゃんと動く! 慌てて荒ぶるペットボトルを押さえつけて中の水を飲み干す。

「ぷっは! うまぃ!!」

 本当に只のミネラルウォーターがこんなに美味しいなんて! そして頬が痛い!

「かっ鏡!」

 洗面所に走ると見事に頬は腫れ上がっていた。何だ? 何が起きた!? いや目は覚めてる、さっき迄のは夢じゃ無かった? 確かにビンタした! ペットボトルも動かした! 時計も操作した! じゃあどうしてこうなった!? 

 外から新聞配達のバイクの音が聞こえてきた、玄関のポストに投函されると。

「よっし! 今日こそ! 負けないんだから!」

 早朝に元気な独り言が聞こえてきたが、混乱中の俺は、ほっぺに冷えピタを貼って座椅子に座り込んで考えていた。そもそもあれは夢なんかじゃない実際に頬が腫れている、時計の表示も……


4︰35︰15


 嘘だろ……進んでる、壊れてた訳じゃない? じゃあスマホだ! 慌ててスマホを手繰り寄せる。今度はちゃんと待ち受け画面が表示されて、時計は同じ時間を刻んでいる。電気が止まったわけじゃなくて良かった……違うッ! そこじゃない! そもそも何で止まっていたんだ? そして何故動いた? 誰かにナニカされたのか? それとも俺がナニカしたのか? 

 窓に掛けてあるカーテンの隙間から朝日が差し込んで来た、悩んでいると時間が過ぎるのは早い。

 取り敢えずトイレに行こう、ちょっと尿意が……そして熱いコーヒーを、と立ち上がりトイレに向かう途中、俺は何時もの癖というのは怖いものだと知る。それは無意識のうちに行っていた行為だった、左手で右手の親指を引っ張る。


 ポキッ!


 もうこれは癖だった、そしてまたも辺りが静寂に包まれる。まただ、身体が殻から抜け出す様に動くつまり……1歩2歩と歩く、振り返ると動かない『俺』が立っていた。

 おいおいおいおいぃ!? まさかまさか! 今の指ポキか!? 慌ててもう一度右手の親指を引っ張るが鳴らない!

「何で!?」

 そういえば指ポキって関節に空気が貯まるとかだっけ? じゃあ! 他の指をポキっとやれば……落ち着いて右手の人差し指を引っ張る。


 ポキッ!


 何も戻らない……只指がポキッ! と鳴っただけだ。

「何で!?」

 ヤバい尿意も近い……アレ? 尿意は消えて……いや有るな、行ってみるかトイレに。不幸中の幸いかトイレには入れた、問題は出して良いのかだが? モノは試しとモノを取り出すと、少し間を開けて勢い良く出た……いや出た感覚は有るが肝心な『尿』が出ていない! 物凄く嫌な予感がする! どうしよう出し切っちゃったよ全部! これまさか……ゾッとする、ヤバい絶対にヤバい! どうすれば元に戻れるか解らないけど、今の俺? はスッキリしてるってことは動き出したら、いい歳して盛大に漏らすって事なんじゃ!

「アカン! 俺の尊厳が死ぬ!」

 一人暮らしだが、そう叫ぶと慌ててバケツを探すが、そんな物はアパートには無い! 

「洗面器!」

 風呂場へと足を向けるが、駄目だ! ソコまで移動出来ない、って事は俺の本体からある程度の距離しか離れられないって事か! どうしよう? 仮にこのままポキッと上手くやれたとして動いた瞬間……そうなる確信が有る! だってもう尿意は無いのだから……せめてもう少し本体がトイレに近ければ! ……アレ? じゃあ俺(本体)を動かせば良いんじゃね? それで尊厳守れるんじゃね? よっしゃ運ぶぜ! 問題はどっちに運ぶかだけど……風呂場だな! トイレでモノを取り出す余裕が有ればいいけど、自信がないからさっさと本体を運ぼう。

「あれれ? 随分と軽いな?」

 俺の体重は66kgあるんだけど軽々と持ち上げる事が出来た、不思議な力ってこんな事も出来るのか? 自分の身体を風呂場迄運ぶとTシャツとトランクスを脱がしておく事を忘れない。随分と面倒だったが疲労感が残らないのはどういう訳だろう?

 まぁ良いや、そろそろ鳴るかな? なんとなく右手の親指を少し引っ張ると感触がある、ちょっと待てよ? 今更だけど止まってるのって俺だけか? ハッキリと確認したいが本体が風呂場だから寝室迄多分行けないだろう、試しに寝室へ向かうと……やっぱり行動範囲の距離が有るな、大体3メートル前後ってところか? 時間停止は後で確認するか。

 さてポキッと行きますかね、風呂場迄戻る必要あるかな? モノは試しとね飛距離が限界の辺で。

「せ~の!」


 ポキッ!


 鳴った瞬間、風呂場で盛大に漏らしていた……ねぇ神様……こんな能力要らないよ……そのまま熱いシャワーで何もかも洗い流した後で着替えて寝室に向かうと、座椅子に座って考え込む。

 先ず時計を確認する。


4︰50︰38


 あれだけ騒いでシャワーを浴びても15分しか過ぎていないってことは……う〜ん止まっている? 後はスイッチか、これはもう指をポキッとするとなんだろうな……なんとなく癖で、良く右手の親指を引っ張り付け根の関節を鳴らしてしまうんだが、さっき鳴らしたばかりで今引っ張っても親指は鳴らない。右手の人差し指を引っ張って鳴らして見ると。

「なるほどね……」

 時計が……時間が止まった。少しだけ解ってきた、多分だけど鳴らせた指がトリガーになってこの能力? は発動するらしい、別の指では解除出来無いっぽい。そして俺は身体から強制的に分離されるが、触れる事や殴ることも多分いける。実際動き出した瞬間、自分に何発も食らわせたビンタが一気に押し寄せて来て頬が腫れてるしな。他にも出来ることは有るんだろうけど……そろそろ良いかな? 右手の人差し指を鳴らすと、時計の秒数が動き出す。

 うん、時間が動き出した。どうやら鳴らした指でしか解除が出来ないっぽいな……他にも試したいが、まぁこんな所だろうか? だいぶ早いが朝食を食べると、テレビをつけて朝のニュースを見ながら右手の親指をポキッと鳴らす、ニュースキャスターやタレントが止まった、やっぱり時間停止か……そして幽体? 離脱っと、まぁココまでは良いとして問題は、本体からあまり離れられないってところか。う〜ん役に立たないなこの能力は、だって時間停止しても本体からあまり離れられないって結構致命的だと思う。停止した時間の中で動けるのは幽体だけ、ってことは悪用しようにも対象に近づく必要がある。必然的に不自然極まりない行動を取ることになる、じゃあどう使う? ポキッと鳴らして時間停止を解除する。

 テレビから賑やかな音が聞こえてきた、どうしてこんな使いづらい能力を得てしまったのか? 

「も〜訳わからん!」

 そう言うと布団の上に横になる、仕事……まぁフリーターだけど、今日のシフト表取り出すと自分の名前『七生ナナオ ハジメ』を確認するとオープニングだ。ようは開店から16時迄の勤務、しかも平日だからワンオペだ。勤務先はこの街にある唯一のカラオケボックスなので、意外と平日でも客は来る。出勤迄もう少し時間はある、寝るか……もうちょっとだけ、出勤の支度を済ませると仮眠をとることにした……

 

 

 


 

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