第10話 恐ろしい言葉
「わあ、筆屋さん、『
「存じ上げず、先日は失礼いたしました!」
久遠の後ろで立っていた金花と銀花がびっくりしたように呟いた。
「気にしないで下さい。私は
「ふふ。月桂
「え……ええっ!」
今度は月桂が驚く番だった。並大抵の術者ではないと思っていたが、まさか『導師』であったとは。
「ということで、今世は術者の当たり年なのだ。『
「久遠導師、実は――」
月桂が口を開きかけると、久遠が「ちょっと待つように」と目配せした。
「金花、銀花。私は月桂筆匠と二人だけで話す。悪いが席を外しておくれ」
「かしこまりました」
金花と銀花の二人が
「月日が経つのは早いね。岩石砂漠になった
単刀直入だ。久遠の表情から親密さが消えた。
一気に高まった緊張感に月桂は唾を飲み込んだ。
「何もしていません。ですが……結果的に、この
「……やはり、あの『封じ岩』を開いたのだな」
封じ岩。月桂は
弟は土を司る『
「わざとではありません。
「『
「久遠導師。隠そうとしないで下さい。二日前、『
「どうしてあなたがそんなことを知っている?」
「地震で崩れた山道の復旧をしていた私の弟が……封じ岩の先にあった扉を開いたのです。あなたはこの世の命の流れを守る、『
「二日前に発生した『
「久遠導師。『
月桂は腹に力を込めて久遠を睨みつけた。
「私は、『
「……」
久遠は沈黙していた。きらきらとした熾火のような、金色の双眸を、月桂に向け続けながら。
「……今は、その時ではない」
ゆらりと久遠が席を立った。
月桂もすぐに立ち上がる。
「何故ですか」
「簡単に言ってくれるね。『
月桂は息を飲んだ。小柄な印象の久遠だが、今はまるで彼自身が『
ゆるやかに肩を覆う長い黒髪が月桂に触れるほど、彼は顔を近づけて身を乗り出した。
「そんな知識をどこで仕入れたのか知らないが、『
「ぎ……犠牲……」
「そうだよ。仮に『
月桂は久遠から発せられる重苦しい『気』に息を喘がせた。まるでこちらの命の光を奪おうとするかのような気配。それは『
息苦しい。額に冷や汗がじわりと浮かんでくる。
こんなにも息をしているのに、全く足りない。
ぼうとする意識の中で思う。
久遠は『
彼の金色の瞳は、九色の命の色の中で
「それは、あなたが――『
闇の中で二つの金色の眼が細くなった。あざ笑うように。
「私は確かに『黒九位』の導師だ。だが、たった一人の力でどうにかできる量ではないだろう? あなたの弟が興味本位で『八色の燈台の間』の扉を開いた。そこから漏れた『
「えっ……」
久遠から発せられる圧力が、少しだけ弱まった。月桂は思わず喉元に手を当て、深く呼吸を繰り返した。
久遠は月桂から離れ、再び席に座っていた。ただその横顔は悲しみに耐えるように眉が
「本当に……失うのかと思った。明星……を」
久遠の声は掠れていて、無理矢理喉の奥から振り絞ったかのようだった。
もう一度だけ、久遠が囁く。明星、と。
その様子に何故かずきりと胸が疼いた。
久遠が気にしているのは、きっとこの世の命のことじゃない。
大切な、たった『一人』の命なのだ。
そして月桂もまた、その気持ちがふっと理解できるのだった。
故郷――西陵の地から命を奪い続ける『
けれど現実は、月桂一人の力では何も変えることができなかった。
木桶二杯分の西陵の土すら、月桂の力では元に戻すことができなかったのだから。
明星の力をもってしても、月桂が加勢することで、何とか土に命を与えることができたのだ。
「申し訳ありません。久遠導師。私は……あまりにも理想を追いすぎました」
月桂は詫びの言葉を口にした。
それは故意ではなかったにしろ、『
久遠の頭が小さく動いた。
「いや。あなたの言う事は正しいのだ。『
久遠が遠い目をして虚空を仰いだ。
溜息と共に吐き出されたのは恐ろしい言葉だった。
「『
* * *
(注1)色命数一覧はこちらにあります。
ご利用下さい。
https://kakuyomu.jp/users/shipswheel/news/16816927863181359522
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