第5話 お前に『命数筆』は必要ないはずだけど
見た目十二才ぐらいの彼女達は、双子のように顔がそっくりだった。しかし纏っている衣と髪色。そして
左側の少女の
黒と赤を基調とした衣で、その裾は幾重にもひだが織り込まれて、花びらのように揺れている。
一方右側の少女の
白と青を基調とした衣で、その形は金髪の少女と同じものであった。
「……ぎゃっ!」
不意に隣の明星が地面に倒れた……もとい、転がった。
銀髪の少女が、『
それは淡く黄色に光って太い縄になると、しゅるりと明星の足首に巻き付いた。
「こんの……ガキ共……くっ……!」
今度はもう片方の金髪の少女が『
「ちょっと待ってくれ。お前たちは誰だ? 彼が一体何をしたというんだ?」
金髪の少女が、胡散臭く月桂を見上げた。
目尻には赤い紅の化粧が施されている。
「
次に銀髪の少女が、凄みのある目で月桂を睨みつけた。
こちらも目元には青紫の化粧がうっすらと施されている。
「我らはあるじの命令にて、こやつを探していたのじゃ」
「はあ?」
状況がよくわからない。
明星も彼女たちが苦手なのか、顔を不機嫌そうに歪めていた。
「参るぞ」
「やだ! 久遠に伝えてくれ。ここにいるって。俺は壊した筆の代金分、働いてから帰るって!」
「駄目アル」
明星を羽交い絞めにしている縄が急に黄色く光りだした。
「嫌、助けて、月桂さん!」
「帰るアル!」
「待て……明星っ!」
月桂は明星に駆け寄ろうとしたが、再び紫と白い藤の花びらが大量に吹き付けてきたので顔を覆った。紫の風を舞わせて、二人の少女と明星の姿がその場から消え失せる。
「……何だったんだ。今のは」
風の名残で竹林の葉が大きくざわついた音を響かせている。
一人残された月桂は、しばしその場に立ち尽くしていた。
◇
「
「明星のヤツをしょっ引いてきました!」
「おやおや。それはご苦労だったね。
「やったアル!」
「やった! じゃ、久遠様。明星を好きにしちゃって下さい」
「ああ、もちろんだよ」
◇
床を歩く衣擦れの音がする。足音はしない。
明星は目を閉じていた。内心イライラしながら。
板床に右頬を押し付け、転がった体勢のまま、ごそごそと両手を動かした。
もとい、動けない。
ああもう、と。
口の中で小さく舌打ちする。あの二人――「金花」と「銀花」が、明星の体の自由を効かなくするため、金縛りの術をかけているのだ。
「いつまで狸寝入りしているんだい? 起きているんだろう? 明星」
「……違うよ。無理矢理なんだけど。これ」
嫌々ながら瞼を開けると、そこには青みがかった長い黒髪の男がいた。耳が見えるようにその部分の髪だけ頭の上で結い上げて、導師の眩い金冠を載せている。
『
「おかえり」
細長い金色の月のような瞳がニヤリと微笑む。
それを明星は目を細めて唇を引きつらせた。
「随分遠くまで行っていたみたいだけど」
久遠の口調はどこまでもやわらかで穏やか。声も甘露を含んだように甘い。
彼はいつもそんな感じだ。不機嫌な時でさえも。
けれど明星の機嫌は良くない。寧ろ最悪だった。
「俺も桃まんを食べに行く所だったんだけど。
「アハハ! 面白いことを言うね」
「なんだよ、面白いって。折角、月桂さんが買ってくれるって言ってくれたのに」
「おや、機嫌が悪いのはそのせいか。と、月桂とは。ああ……」
額で分けた前髪を満足げに揺らして久遠が頷いた。
手にした黒い漆塗りの扇子をぱちんと鳴らす。それには花鳥の文様が金の蒔絵で施されていた。
「筆屋、
「……壊したんだ」
「何?」
「だから、売り物の命数筆を」
「何だと? 一体どういうことなんだ?」
明星は溜息をつきながら事情を久遠に説明した。
「そうだったのか。ならば月桂
「ああ。それは大丈夫……」
「月桂筆匠が許してくれたのか。まあ、筆の一本や二本壊したぐらいなら……」
「十五本」
「はぁ?」
「月桂さん、どんどん高価な筆を出してきて、これならいけるかもしれないって持たせてくれたんだ。流石に、豆銀貨十枚もする商品を出してきた所で断ったけど。でも、ご破算になった」
「どういうことだ。まさか……」
久遠が明星を上から下までじろりと見つめる。
「お前のことが気に入ったのか。わからなくもない。お前が行方不明になったときいて、私は居てもたってもいられなかった。お前は
「久遠……あんたどうしたの……?」
「え、いや。どうもお前の事を考えると気が気ではないのだ。お前は……」
「えっ?」
「まあ……いい。お前は無事に
「あ、ああ……月桂さんに、庭にある『
「ほう……それは残念だったね。最も、無断で私の傍を離れた罰を与えてもいいんだが」
「久遠! 俺は好きで離れたわけじゃない! あの時は地下から溢れた『
「ああ。その件はよくやった。だが『
久遠の手が伸びて、それがまだ床に転がったままの明星の肩を力なく掴んだ。
気のせいか、それとも逆光のせいか、久遠の顔に珍しく戸惑いの表情が浮かんでいた。
「お前も『
「二の舞……? それは、西陵で植物が育たなくなったことと関係があるの?」
「……」
「それに、
「どちらも不明だ」
久遠が明星から離れて背を向けた。漆黒の長い髪が動きにあわせて静かに揺れる。
「とりあえず、『
「そう……。あのね、久遠。月桂さんは『西陵』の出身なんだって。だからそれで、『
くくくっ。
久遠が低く笑って横顔を明星に向けた。
黒い眉が吊り上がり、金色の月を思わせる瞳が細くなった。
「思いあがらない事だね。『
「……久遠。俺はどうしてこんな人の数倍もある生気を抱えているんだ? 俺は生まれた時からあんたしか知らない。親はいないときかされた。一体、俺は……」
「明星。私もそれ以上の事はわからない。赤子だったお前は、二十三年前に
「ご、ごめんなさい。久遠を責めるつもりじゃなかった。ただ俺は……月桂さんの事が気になる。ねえ、西陵の地について、他の導師たちはどう思っているの? ほら、久遠だって『黒九位』の導師じゃないか。俺より『
「私の能力にも当然、限界がある」
「だから、一人じゃなくて! 国中の色命数士たちを集めてさ……!」
パンパンと手を叩く久遠。
「お呼びアルか!」
「お呼びでしょうか!」
金花と銀花が宙から現れた。
丁度、桃まんを食べていたのだろう。両手でそれを持って口に頬張っている。
久遠はにこにこと満面の笑みを彼女たちに向けた。
「悪いが、明星の『
久遠が袖を鼻先に当てて首を横に背ける。
扇子を再び広げて、ぱたぱたと仰ぐ。
「ドブ臭い!? そ、そんな!」
「確かに……ちょっと臭いますね。葉っぱが腐ったようなかんじ。ええと、ざぶざぶ洗ってやります!」
くんくんと鼻を動かし銀花が頷く。
「明星、まだ金縛り状態アルね。このまま
金花が袖口から『色符』と『命数筆』を取り出した。
「あっ! 久遠、まだ話は終わってないぞ。こら、銀花、俺に触るなったら!」
金花が持つ命数筆の上に、銀花が自分の手を添える。
「二つ、揺らめく炎の灯に照らされて。三つ、水面に落ちる花びらはらはらと」
二人が『
「じゃ、ちょっと行ってくるね! 久遠様」
「行ってくるアル~」
『
「ぶっ……ふわっ!!」
明星は目をつぶった。顔面に大量の藤の花びらが吹き付けてきたのだ。
いくらか口の中に入った。それに気を取られていると、明星の体は宙へと浮き上がっていた。
『
「風呂に入ってさっぱりしといで。部屋に『桃まん』を用意してお前を待っているよ」
「ふざけるなぁ~~!」
久遠は頬に袖口を寄せて小さく嘆息する。
開かれた窓の外には
「明星。お前の言う事は最もだよ。でも……相手がその提案を飲まない限り実現しないのだから、困ったものだよね」
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