第2話 月桂、朝粥をふるまう
「申し訳ない。今のお主にそんなことを聞いてもよくわからないな。まあ瘴気を取り除けば、体の不調も髪色もすぐに戻るから心配いらない」
「本当ですか。よかった~
「わかった。かいつまんで話してみると、つまり、生気とは命の色だ。例えるなら……ろうそくの炎を思い浮かべて欲しい。赤や黄色、橙に白。中央には青や紫色が見えるだろう?」
「はあ……」
「人の命の色は「
この八色を纏っていると言われ、どれかの色が薄まったり、あるいは濁ったりすると体調を崩すのだ。そして最も強い色の影響が、髪や目、肌の色に表れると言われている」
「へえ……じゃあ、月桂さんは『
「……き、綺麗。いや、色は当たっている。まあそんな所だ」
「ですよね。なんか月桂さんって……ほっとする。木漏れ日のような。森の中にいて気持ちが安らぐというか。落ち着くというか。あっ、深みのある声のせいかもしれない」
「そ、そうか?」
月桂は青年から視線を外した。
そんなことを言われたのは初めてだ。
気恥ずかしさを意識しながら、月桂は言葉を続けた。
「それで、実は生気にはあと二つ属性がある。お主の体調を崩す原因となっている『
「そう……ですか。一体俺はどこで、そんな物騒な気をもらったんだろう」
青年は額に白い手を添えて俯いた。碧い瞳が長い睫毛の下に隠れる。
「まあ小難しい話はこれぐらいにして食事にしないか? 朝粥を作ってある。食べられそうか?」
「……はい!」
青年は顔を上げて嬉しそうに頷いた。
……ぐう。
同時に家鴨のような鳴き声も。
「あ!」
青年の顔が再び真っ赤になる。
どうやら家鴨ではなく、彼の腹の音が鳴ったようだ。
「待ってろ。すぐ用意する」
「……すみません……」
青年はそれだけを言うと、うつむいて両手で顔を覆い、こくりと頷いた。
その仕草は思ったよりも子供じみていて、月桂は可愛らしさを感じながら部屋を後にした。
◇
「熱いから……少しずつ食べろよ」
「はい。ありがとうございます」
月桂は青年の前に木の膳を置いた。
朝食は米と雑穀を混ぜて煮立てた粥である。
青年は朝粥の準備を待っている間に、白金の長い髪を緩やかな三つ編みにして、左肩に流していた。髪を纏めたせいか顔が小さく見える。
そして両手を合わせて一礼し、木匙で粥を掬ってふうふうと息を吹きかけた。
月桂は彼から少し離れた所に膳を置き、同じように息を吹きかけながら、その様子を不安げにうかがっていた。
口に合うだろうか?
今日は買い物に行かないといけない日だから、具材は庭で採ってきた青菜と、買い置きのニワトリの卵しかなかったのだ。
「美味しい……青菜が瑞々しくて甘みがある。出汁の旨味と塩味が絶妙!」
青年は、はふはふと朝粥を口の中へ掻きこんでいった。
「ああ~こんなに美味しい朝粥を食べられるなんて。しあわせ」
椀の中身を空にして、両手を合わせ深々と頭を下げる。
「ご馳走様でした!」
「ありあわせの具しかなくてすまんな」
「ううん。五臓六腑にしみわたる美味しさでした。じゃ、長居すると月桂さんに迷惑をかけてしまうから……そろそろこれで」
「おい。まだ目が覚めたばかりだろう。体力が戻るまでうちにいてくれて構わない」
「……ひえっ!?」
青年が碧い目を見開いてこちらを凝視している。
思っても見なかったと言わんばかりに。
「月桂さんは神様ですか。ここにいたいって、思いたくなるじゃないですか」
「私は構わない。お主さえよければ、だが。気楽な一人暮らしだしな。まあ……体が動くのなら、私の仕事を手伝ってもらってもいいんだが」
「お仕事?」
「ああ。私は
「……ええとそれはつまり、筆を作るお仕事?」
「それ以外に何がある?」
「ですよね~」
ぷぷぷとおかしそうに両手を口元に当てて青年が笑った。
「でもその前に。お主に名前がないのは不便だ。記憶を取り戻すため、『
◇
ぽかんとした表情を浮かべる青年を伴い、月桂は作業場兼店舗へと移動した。
店内はさほど広くない。
ただ、沢山の引き出しが付いた箪笥と、木製の筆掛けが並べられている。
筆掛けは竜の彫刻がついていたり、牡丹をあしらったような凝った装飾がなされていて、それらに様々な大きさの筆が吊るされていた。
「へえ……いろんな筆があるんですね。あ、これ綺麗だな! 月桂さんの目の色に似てる」
青年が物珍しそうに筆を展示している硝子箪笥へ近づいた。
「これは
「鉱石筆?」
月桂は奥の作業机の方へ青年を連れて行った。
黒い木の机には、文箱のようなものが置いてあり、絹布に包まれた鉱石がいくつも入っている。
青年を椅子に座らせ、月桂は布を広げ鉱石を取り出した。それらは小指ぐらいの太さで先が円錐形になっている。
「筆の穂先部分へ石を取り付けるのだ。軸は黒竹」
「ふうん……でもこれって、筆というかな?」
「確かに。これで文字は書けない。でも硬いから
月桂は透き通った黄色を帯びた結晶を青年に見せた。加工前の原石だ。
「『
「あれ? 鉱石筆ってこの三種類しかないの? 色命数は九つなのに?」
「お、早速覚えたか。勿論全種類ある。だがどの筆を使うかは、術者との相性にもよる。一本だけ持つ者もいれば、使いたい
「えっ、何? 何?」
月桂は戸惑う青年の手に、一本の鉱石筆を握らせた。
「お主は『
「月桂さん!? いきなり何を言い出すんです? 俺はただの行き倒れですよ!」
「いや、お主が着ていた
月桂は自分の衣の袖口に右手を入れて、取り出したものを青年に見せた。
瑠璃色の紐には水晶と思しき九つの透き通った宝玉が通されている。そのうちの一つは平べったく、真ん中が空いた円状に加工されている。
「これは『
「い、いや何かの間違いでしょ。それ」
「残念ながら間違いじゃない。ほら、返すぞ。ちなみに私の『佩玉』は
「いまいちよくわからないんですけど……?」
「じゃあ早く術を行って、記憶を取り戻すんだな。やり方を教える」
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