第10話・・・ヴェネトラ

リアムはごねた。そして拗ねた。何故ならティアマテッタが目の前なのに、指名手配犯になったからだ。それはマイラを無事救出した翌日の出来事だ。エアルの予想通り、メルカジュールの警察はリアム・レイラ・マノン・マイラの以下四名を指名手配。無記名であったが、エアルとヘスティアも共謀者として特徴が書かれブラックリストに載っていた。

「変装して行けば大丈夫だろ!」

「名前や身分証明を偽装しないと意味無いぞ。諦めて俺達と来い」

リアムはキャンプチェアに座り打開策を考える。身分を偽装する知恵も無ければ、強行してティアマテッタに入ることが出来ても軍隊の国だ。不法入国で捕まるかもしれない。

「…クソォ」

「ここで立往生してても仕方ないし…一旦でいいからヴェネトラに行かない?師匠が銃の事とか、リアムのお父様のこととか知っているかもしれないし」

「お師匠さん?あぁ、レイラちゃんはマスタング商会出身だったな。俺の愛車もマスタング商会の生産なんだぜ。最高のスポーツカーだ」

エアルが愛車を紹介すると、それはありがとう、とレイラがお礼を言う。

「レイラさんのお師匠さん、おじさんのこと知っているの…?」

ミラが、少し動揺したのが解った。レイラもエアルも、会話を止めてミラを見た後、無言の圧でリアムを見る。

「ハァ…解った。行こう。ヴェネトラに」

リアムは頭を掻くと、立ち上がり背伸びをする。

「でもあくまで一旦避難として行くだけだ。落ち着いたらティアマテッタに行く。ミラもいいな」

「うん、もちろん」

「決まりね!さ、準備をしましょう!」

レイラは皆を集めると、倉庫にある食材を出来るだけキャンピングカーの冷蔵庫に収納した。銃弾も補充。毛布も用意する。

メルカジュールの外れからヴェネトラまで約四日日間かかる。お尋ね者になった以上、途中買い物も出来るとは限らない。

マノンはエアルからジャケットを借り、キャスケット帽を深くかぶり、男子のフリをした。メルカジュールはいつも通りの賑わいだったけど、メイン通りには警官が所々に立ち見回りをしていた。マノンは裏路地を通り、自宅アパートの裏側に回る。今日は休日、喚起のためか窓は開いている。マノンは手紙をしたためた紙飛行機を、部屋の中目がけて飛ばす。紙飛行機は綺麗に上昇し、部屋の中へ入っていく。無事見届けると、マノンは足早に倉庫へ戻っていった。そのすぐ後、マノンの安否と指名手配に憔悴していた先生は紙飛行機に気づき、中身を確認し、安堵の涙を静かに流した。

「そろそろ出発するけど、マイラはいいの?」

焚火を消しながら、ミラが尋ねる。

「はい、私は大丈夫です。叔父夫婦にこれ以上迷惑はかけられないので…このままそっと街から出ます」

「そっか」

マイラなりの気遣いなのだろう。でもミラは、少し悲しくなった。この状況が落ち着くか解決しない限り帰ってくることは難しいだろう。ならせめてマノンと同じく手紙くらい出せばよかったのに、とか。これ以上はお節介だと思い、ミラは話題を変えた。


「この道を行けばメルカジュールから離れた道に出るはずです。警備もそこまでは回っていないかと」マイラが壁に映した地図で説明する。

「オーケー。俺が先導するから、レイラちゃん。キャンピングカーの運転よろしく」

「任せて。免許取っておいてよかった♡」

張り切るレイラの横をスーッと生気の無い顔でレンが通り過ぎ、キャンピングカーに乗り込んだ。

エアルが運転席に乗るとヘスティアが助席に。残りのメンバーはキャンピングカーへ。さすがラードナー家所有とあり、内装は広いしちょっとしたホテル並みだった。しかも、車一台も収納可能ときた。凄すぎて若干引く。最初リアムは久しぶりにエアルの車に乗りたかったが、ミラから止められた。そして何故かレンからも早くなさい、と催促された。

車を走らせ、マイラが指示した道へ出る。予想通り警官はおらず大通りを走らせる。

「ん?人がいる」

警官ではないようだ。エアルは徐行し、道端にいたご夫婦とすれ違う。

「あ…」外を眺めていたマイラが、前のめりになる。

すれ違い様に叔父夫婦が道端に立っていたのだ。叔父と叔母はマイラが無事だったこと、そして旅立とうとしていることに心から安心し、泣きそうになるのを堪えていた。

叔父夫婦に引き取られた後、よくここの道にワゴンで出店を開いていた。名物メルカソーダを売るのだ。旅行に来る人達、帰る人達が買っていってくれる。穴場の商売場所…夫婦はずっと待っていたのだ。ここなら、街から出ていくマイラと少しでも逢えるんじゃないかと期待して。

「叔父さん…叔母さん…ごめんなさい。ありがとう」離れ離れになる…そう現実が押し寄せて、マイラは肩を震わせた。すすり泣くのを見かねたレンがそっと背中を撫でた。

リアム一向が旅立ってから数分後の事だった。

「おい、ここに不審者は通らなかったか。車でもいい。指名手配犯が逃走している」警官が夫婦を尋ねる。

「さぁ…ご旅行の方達なら沢山通りますけどねぇ。皆さん、名物メルカソーダを買われていきますよ。お巡りさんもいかがですか?」


「無事抜け出せたな」リアムが呟く。

「安心するのはまだ早いわ。エアルがスピード上げたから、こっちも上げるわよ」

レイラがアクセルを踏む。徐々に荒くなっていくのは気のせいだろうか…。リアムは何となく後ろを向いてみた。メルカジュールが小さくなっていく。

(散々な目にあったが…まぁ悪くなかったな)

前を向き直すと、エアルがいる心強さからと、傷の具合からまだ身体が本調子じゃないこともあり眠気に襲われた。

・・・息苦しい。眼を覚ましたリアムは柔らかいモノに顔を潰されていた。

「んん…?」

リアムはミラの膝枕で寝ていて、寝たミラが前に屈み胸がリアムの顔に押し付けられていた。

「ワァ!ミラ!」一気に覚醒し仰け反る。

「ふえ、リアム…私も寝ちゃった」

「お、おぉ…と、ところで今どこら辺だ?レイラ」

誤魔化そうと質問を投げかける。

「もうメルカジュールの範疇じゃないから安心していいわよ。こっから長旅の始まりね」

「リアム、さぞ気持ち良くお眠りになられたのでしょうね」

バックミラーからレンの視線が刺さる。居た堪れなくなり、リアムはソファに沈んでいった。

そこからは珍道中だった。キャンピングカーが異様に揺れながら走行していたり、加速魔法が付与されていたのでスポーツカーにも付いていけたり。中はひっちゃかめちゃか。弾んだ衝撃でミラが倒れてきて、リアムが抱きとめる。自分の胸板に、ミラの胸が当たる様を見た時は、煩悩を打ち消した。

湖があったので休憩がてら水浴びをしていたら、マノンがキャンピングカー飽きたからスポーツカーの方に乗りたい、と言い出したのでリアムは抜け駆けするのは許さないと却下し阻止した。

もう兎に角レイラの運転は荒かった。そりゃ車が揺れる。石を轢くたびに車体が大きく揺れる。ひっくり返ったリアムの視界には、女性陣のスカートの中が見え、太ももの隙間から下着が…。リアムは何とも言えず、静かに瞼を閉じた。


爆走走行のお陰で、三日目にしてヴェネトラに到着した。街はまさに工業地帯。そこら中に工場があり、クレーンや、煙突、銀色に鈍く輝く街だった。

「ここよ」とレイラが言う。

大きな工場に、上へ上へと増築されていったコンテナがビルのようにそびえ建っている。完全オープンになっている出入り口の横には『マスタング商会』と看板があった。


「よし!休憩するぞ!」

大声が工場内を揺らす。職人達が各々安息の声を上げ、煙草を吸う者、水分を取る者と休憩に入る。

ここの社長兼工場長であるジョン・マスタング。銃の名工マスタングの製造者本人である。現在は量産の銃と剣を生産中である。熱さから流れる大量の汗を拭き、出入り口を見る。

逆光で解らないが、人が立っている。その輪郭、雰囲気、佇まい…

「アイアス…?」

幻だと思った。だって彼は、二年前に、最愛の息子を残し、妻と一緒に…

「こんにちは…」

工場に入って来た青年は、若き頃のアイアスに似ていた。驚いたマスタングは、声を掛け損ねた。

「ただいまぁ!今帰ったわよ!」

レイラがずかずかと工場に入ってくる。その後ろをレンが歩き付き添う。

「お嬢、お帰り!」

「レンお嬢様もお帰りなさい」

従業員がレイラとレンを囲い歓迎する。マスタングは気持ちを切り替え、豪快に笑う。

「お帰り、このドラ娘!指名手配になるなんて、随分やらかしたなぁ!」

「違う!私達は人助けをしたのよ!」

「そうですわ、マスタングさん。お姉様は一人の女性の命を助け、お姉様の援護のお陰で複数人の命も助けましたのよ。とっても素晴らしい行いですわ!なかなか出来ることではありません!」

レンは力の入った演説をする。周りも流石お嬢と!と盛り上がる。

「指名手配された翌日に警察がウチに来たぞ。お前がいないか探していたぞ。ま、当然いないから帰っていったがな」

「あぁそう、やっぱり来たのねぇ…。まぁどうにでもなるでしょう!で、最初に紹介したい子がいるの。彼、リアム・ランドルフ。師匠なら知ってると思ったんだけど…銃作ったの、師匠でしょう?」

青年…リアムは会釈をする。

「そうか…君があの時の少年…そうか、そうか…。デカくなったな。目元なんか、アイアスそっくりだ」

触れはしなかったが、手を翳し、リアムに親友・アイアスの影を重ねる。彼は先にこの世を去った…。

「リアム。君のお父さんから遺言を預かっている。正確には俺が聞いたことを君に伝える。アイアスは凄い男だ…未来を見据えていた」

「未来、ですか」

「まぁ、昔話をしようじゃないか」


・・・

アイアス…リアムの父と出会ったのは子供の頃だった。父親同士に親交があり、その流れでジョンもアイアスと仲良くなっていった。ジョンが初めて作った銃をアイアスにプレゼントしたりもした。

ジョンが成人し、父親の仕事を手伝うようになってからだった。ゼーロの街の異様さに気がついたのは…。

ゼーロの住人がヒソヒソと囁く。また他属性の人間が来た…あれはヴェネトラから来た人だ、大丈夫だろう。でも他属性がいるのは気分があまり良くないな…

ジョンは最初こそは困惑したが、アイアスが出迎えてくれれば、嫌なことは全部吹き飛んだから気に留めなかった。

「ジョン、良い事を教えてやるよ」

ジョンを自宅に招いたアイアスは、子供のようにはしゃぎ、笑い、椅子に腰かけた。

「これはマスタング家が口頭伝承してきたものなんだ。お前にも教えてやる」

「それって、アイアスに子供が出来たら、その子に教えるもんだろう。俺に伝えてどうするんだよ」

「練習だと思って聞いてくれよ」

「なんだよ、それ」

ジョンは呆れながらも床に座り、アイアスと向かい合う。

「昔、人類は月から船でこの惑星にやって来た。宝物として、人類は禁断のタブレットを持っていたけど危険を感じ封印したんだ。そのタブレットには月で培った全知全能の知識が収められている…。このマジックウォッチもそう。無属性と他属性ではシステムが違う。無属性は能力が覚醒するごとに、マジックウォッチも進化していくんだ。…ジョンに話せるのはここまでだ」

真剣に伝えるアイアスに反して、ジョンは信じられない気持ちだった。月から来たなんてお伽噺だし、禁忌のタブレットってなんだ、とも思った。

「まぁ…いいんじゃないか?マジックウォッチが進化していく過程は…ズルいけど」

「はは、聞いてくれてありがとな!ちゃんと覚えておけよ、ジョン」

しばらくして、アイアスは愛する女性・クロエと出逢い、結婚した。夫婦は男の赤ちゃんに恵まれた。幸せが続いた、二年後のことだった。

マスタング商会に、アイアスが単身でやって来た。これは珍しいことだった。仕事でティアマテッタに行くか、ゼーロで過ごすかしないアイアスが、しかも一人でヴェネトラに来たのだ。

そして何より、表情が恐ろしかった。

「アイアス…どうした」

「弟が…ネストが他属性の女を愛した」

「…は?」

他属性同士の恋人や結婚は、かなり珍しい。基本、無いと言ってもいいだろう。ましてや、ゼーロの街は他属性を毛嫌いしていた。貿易関係以外、他属性と関わることを嫌がっている街だ。

「二人は、どうなった…」

アイアスは首を横に振る。

「処刑されるところを、何とか頭を下げて追放にしてもらったが…それからは、音沙汰もないし、今どこにいるのかも判らない」

「ど…どうして!何故俺を頼らなかった!!相談してくれれば、彼等を保護して匿うことだって、出来たかもしれないんだぞ!」

勢いあまりアイアスの襟を掴み上げる。感情に任せ激情したが、アイアスの表情を見て、ジョンは後悔した。一番やりきれず、悔恨しているのは彼なのに…

「悪かった…カッとなって」

「いや…ジョンのことを巻き込みたくなかったんだ。ばれたらただじゃ済まないだろうし。それに…すまない。これ以上話すのは…」

ジョンは、何も言えなかった。同族どうしで結婚するのが当たり前だと思っていたし、それが普通だと思っていた。だから、アイアスの弟が、無属性の彼がまさか他属性の女性を愛するなんて思いもしなかった。何が彼を突き動かしたのだろうか。何が彼を柔らかくさせたのだろうか。

「ジョン、頼まれてくれないか?」

「何か考えがあるのか?」

「嫌な予感がするんだ。備えておいて、損は無い。何も無ければ、その時は笑えばいい」

こうしてジョンは、アイアスに協力をした。

時にはアイアスの無茶な要望にも応えた。現在も続く作業だ。死んでもなお扱き使うなんて、アイツらしい。

ある時は、息子に銃を作ってくれと頼まれたので、こっそりとリアム少年がどのような人物か見極めるためにゼーロの街に足を何度か運んだこともあった。アイアスそっくりで、良い目をしていた。

「お前の息子に、名工マスタングを贈ろうと思う。俺の技術を全てつぎ込む」

「本当か、ジョン!ありがとう、嬉しいよ」

アイアスが二カッと笑った。

銃が完成し、直々に渡しに赴いた。アイアスは子供の時に見せた笑顔で、何度もお礼と、リアムの成長を誇らしげに話してくれた。俺が鍛えて一人前にする。そう、楽しそうに…


・・・

「親父…」

リアムとミラは消沈する。本来ならあった未来が、賊のせいで消えたのだから。

ただ、リアムは父親について何も知らないと痛感した。交友関係だってゼーロの街でしかしらない。ヴェネトラのマスタングと交友関係を築いていたなんて。そして叔父がいたという事実も一切知らなかった。そして、父の口頭伝承も、継ぐ前に…

「リアム、覚えておくといい。アイアスからではなく、俺からになったが、口頭伝承を。アイアスが殺された手掛かりになるかもしれんし、お前も子供が出来たら伝えていく義務がある」

「親父が殺された手掛かり…?」

リアムは眉を顰める。

「あくまでも俺の仮説だ。アイツがただの賊に簡単に殺されるとは思えん」

「…ねぇ、サラッと流されたけどさぁ」

レイラがおずおずと会話に入る。

「ゼーロの街って…本当にあるの?」

疑っている表情だった。それはレイラだけでなく、レンも、マノンもマイラもそうだった。皆困っている。それもそうだ。リアム達は知らないだろうが、ゼーロの街は、他国では都市伝説の存在だ。無属性ばかりが住む、希少の街。だが、誰も場所は知らないし、辿り着けた者はいない。それがゼーロだった。

「え、あぁ。俺もミラも、エアル兄もゼーロ出身だけど。確かに、金属性以外の人達とは街で出会ったことは無かったと思うけど…」

「嘘!信じられない!無属性って、てっきり突然変異で産まれた属性だと思ってた…師匠!なんで私のこと連れていってくれなかったの!」

レイラがマスタングににじり寄る。

「お前を連れていくと簡単に口を割りそうだったからだ。それに、お前が行くとレンも来るだろう。ゼーロに友達が出来たら、お前は頻繁に行くだろうし。だから幾らお前が天才でも、最高の技術を持っていても連れていかなかった。ゼーロはそれくらい、他属性を無暗矢鱈に入れたがらない」

レイラは口を尖らせ、「そうですかー」とブスくれた。

「そうだリアム、銃をちょっと見せてみろ」

「あぁ」と返事をすると、ホルダーから銃を取り、渡す。マスタングは銃をじっくり見ると、ニコリと笑った。

「ちゃんと手入れはしてあるようだな。だがちと詰めが甘い。俺が調整してもいいかな?」

「…!はい、もちろん。お願いします!」

「なら、俺の愛車も見てくれませんか?マスタング商会産のスポーツカーなんです」

ちゃっかりエアルが言う。

「ほう、そうか。兄ちゃん、お目が高い。この車はネオクラシックカーと言って、過去昔に何百年も前に流行った車をウチで復刻させたんだ。おい!ジョージを呼んで来い!」

男性陣が盛り上がり始めたのを、レイラがミラにそっと耳打ちする。

「ねぇ、お風呂入りたくない?裏手にレンの実家があるの。気分転換とリフレッシュも兼ねて行っちゃいましょう」

「え、うん…」

レイラはレンにウィンクをすると、レンは女性陣に声を掛け、さっさと商会を後にした。


女性陣は、マスタング商会の裏手にそびえ建っている豪邸にお邪魔していた。庭は広く、辺りには色とりどりの薔薇が咲いている。玄関を入ると、正面には広い階段。豪華なシャンデリア。待ち構える複数人の執事とメイド達…。

「お帰りなさいませ、レンお嬢様」

「ただいま帰りました。長旅で疲れていますの。先にお風呂と、この方達の客室と衣類を用意してくださいな」

「かしこまりました」使用人達の声が綺麗に揃う。

男性陣はもちろん、置いてきた。

「ごめんね、ミラ。ミラももう少し、ゼーロのこととか、リアムのお父様のこと聞きたかった…?」

レイラが申し訳なさそうにする。だが、ミラは笑みを見せ、首を振った。

「ううん。ちょっと、いっきにたくさんのこと聞くにはキツかったから、助かったよ。それに…おじさんのことが解っても、私の両親のことは解らないから…ちょっと、悔しいっていうか、ずるいって思っちゃった…。はは、嫌な奴みたい、私…」

「ミラ…」

「別に、嫌な奴でもいいじゃないですの」レンが言い放つ。

「ミラさんだって、お辛い思いをしたからここまで来たのでしょう?それなのに、リアムのことばかり過去のことが解ったり、ご両親のことが知れたりしたら、それはわたくしだって同じことを思いますわ。嫌な奴なんかじゃありません。それは人間の本能で、権利です!醜い部分があったて結構!まぁ…それをリアムの前で口に出さず不愉快な思いをさせずにいたミラさんは…まぁ、素敵な女性だとは思いますわよ。お姉様には及びませんけど」

レンが啖呵を切り、終えると周りの視線が自分に集まっていることに気がついた。ヘスティア以外、ニマニマとレンを見ていた。

「な、なんですの」

「いえ、レンさんもレイラさん以外に気遣いできるんだなぁと思いまして」

「失礼ね、マイラ!」

「レンはツンデレだったのか~」

「マノン、貴女ねぇ!」

ギャンギャンと騒ぐ皆を見て、ミラは思わず噴き出した。


「見て!ミラ姉、ライオンが口からお湯吐いてる!ゲロみたい!」

「そういうこと言わないの」マノンの無邪気な発言にミラは苦笑いした。

ラードナー家の大浴場。わざわざ女性専用として作られただけあって、壁は淡いピンクのタイル、床は白色で、滑りにくい素材だった。蛇口やシャワーもこだわって作られており、心がくすぐられるものがある。中央には大きなお風呂があり、六人で入浴しても余裕があった。

肌に蒸気が纏い、身体がしっとりとしていく。

「フレグランス用に花びらを用意させましたわ」

レンが花びらを浴槽に撒くと白乳色のお湯がカラフルになる。

「綺麗」

ミラは、別世界にいる気分だった。

マイラの褐色の肌に、白乳の滴がつく。肩まで湯船に浸かり、ターゲットにすすーっと近づく。

「ヘスティアさん、お湯加減はいかがですか?」別にマイラの自宅じゃないのに訊いてみる。

「えぇ、とてもいい湯加減で。こんな賑やかな入浴は初めてだわ」

赤毛を纏めて、露わになるうなじに汗が流れる。

「…あの時、助けてくれてありがとうございました」

「別に気になさらないで」

お湯の境界が、ヘスティアの胸をくっきりと輪郭を際立たせる。

「私、あの時ヘスティアさんが抱きしめてくれた時、とても安心しました」

マイラはもっと近寄り、ヘスティアの腕を抱き寄せる。流石のヘスティアも変に思ったのか、距離を取ろうとしたが、マイラがあまりにも無防備に、そして純粋な眼差しを向けるので、喉の奥で、んぬ…と唸る。

「ヘスティアさんって、とても強いんですよね!エアル兄も言ってました。マイラのこと、助けた時ってどんな感じだったの?」

「それはもう、忘れられません…」そう言い、マイラはピタリとヘスティアにくっつきどさくさに紛れて胸に触れた。

「…ッ?!?!?!?マイラさん?!」

「おっきい」

「マイラ!貴女ねぇ、ヘスティア様のお身体を気安く触っているんじゃありませんよ!」

レンがマイラの腕を引っ張り引きはがす。

引きはがされた反動で、マイラの上半身が露わになる。すると、ヘスティアが立ち上がり、マイラとレンの前に立つ。王女と言うだけあり、またはブーストを使えるまでの鍛錬の成果なのか、美しい身体つきだった。

「私も、王室から離れ、あのクソエアルと行動することで少しお転婆になりました…」

むぎゅ!とマイラの可愛い胸を鷲掴みする。「ふぎゃ?!」思わずマイラが声を上げる。

思わず引くレン…

「元気ねぇ」ヘアトリートメントでケアしていたレイラは、どこか呆れながら見物していた。


大浴場から上がり、それぞれ談笑しながら下着を着用したり、ドライヤーで髪を乾かしたりしていると、マノンが急に声を上げる。

「わ、私も!みんなみたいに可愛い下着や、おしゃれな下着がいい!」

そう。マノンはメルカジュールランドから帰ったら、先生に相談して無地やスポーティーな下着ではなく、上下一式可愛い、おしゃれな下着を買いに行こうと思っていたのだ。だが、この騒動で買い物は出来ずじまいで、お子様っぽい下着のままずっと来た。正直、脱ぐときも恥ずかしかった。ただでさえ、お子様体型なのに、下着までお子様だなんて…!

「よしよし、マノン。安心して。確かお客さん用にあげる下着が準備されてたはず…レン、マノンの下着、用意してあげられる?」

「えぇ。マノンくらいのサイズでも可愛い下着は準備してありますわ」

「ほら、よかったじゃない。元気だしてマノン!成長はこれからよ!」

「レイラ姉…」

マノンの背中に悪寒が走る。レンがめっちゃ怖い顔をしてマノンを睨んでいた。歯を食いしばり、額には青筋を立てて、眼も三白眼になっている。

(私…もしかしてとんでもないこと、しちゃった…?)

お風呂に入ってさっぱりしたのに、もう冷や汗で気持ち悪かった。


一方、男性陣は…

マスタングはリアムの銃を弄り、メンテナンスをしていた。

「リアム、ここが見えるか…?」

「はい」

「もっとここをこうすれば…」

「すげぇ…」リアムはマジックウォッチで動画を撮影し、メモを書いていく。

「リアム。この銃はフルマジックメタルで作られている」

「フルマジックメタル…?え、マジックストーンで製造されているんじゃ…」

リアムが戸惑うのも当然だ。マジックメタルは現在では採掘禁止となり、変りにマジックストーンという石材で銃が製造されるようになり、大量生産されているのが通常だ。ましてや、完全フル装備でマジックメタルを使っているなんて…聞いたことがなかった。せめて使用していても、シリンダーの部分だけだ。

「これは俺がフルマジックメタルで作った最後の銃だ。№㉟。それを与えるに値するか、お前さんのことをこっそり見に行ったこともある」

「そうだったんだ」

「まぁこの件は内緒にしてくれ」マスタングが冗談交じりで言う。

エアルもマスタング家三男のジョージ・マスタング…乗り物やメカニック担当で自動車や戦闘機製造業で名を馳せている、ジョージに愛車をメンテナンスしてもらっていた。

「明日には点検が終わるでしょう。私が責任を持って点検します」

「ありがとうございます!まさかジョージさんに見てもらえるなんて…はは、夢みてぇだ」

「大袈裟ですよ。そうだ…もしエアルさんが良ければ、このお車、さらにチューンナップしてもよろしいでしょうか?」

「チューンナップ…?また、どうして」

「アイアスさんからの遺言なんです。リアムさんと、そのお仲間が来ることがあったら、助けてやってほしいと。なので早く逃げられるようチューンナップしましょう」

ジョージが少し茶目っ気に笑った。

「親父さん…。はい、お願いします」

「お任せください」

エアルは一礼する。その時、頭にたくさんの思い出が過った。子供の頃から遊んでいたリアムとミラ。公園で一緒に遊んでくれた親父さん。銃の腕前に悩んでいた時にアドバイスしてくれたこともあった。そして…あの日の遺体。

その様子を見ていたリアムは思わずため息を吐いた。

「親父、本当に抜かりないっていうか…どこまで見据えて準備していたんだろう」

「さぁ、どうだろうな。アイツは面白い奴だった」

銃のメンテナンスが終わると、マスタングが声をかける。

「お前達もシャワーくらい浴びて来たらどうだ。レイラ達にクセェって言われるぞ。二階にシャワールームがある。そこを使いなさい」

確かに、ここ三日間ちゃんとシャンプーも身体を洗う事も出来なかった。

「ありがとうございます」リアムとエアルはシャワールームへ向かった。

ジョージが二階に車の設計図を取りに戻った時、野郎二人の悲鳴が聞こえてきた。

ギャー!冷てぇ!傷口に染みる!洗ってなかったせいでシャンプーの泡立ちが悪い!などなど…

ジョージが確認したら温水器が冷水になっていたので、温水にしてあげた。ここらへん、古っぽいのは長兄ジョンの趣味なのか、なんなのか。はたまた、従業員へのイタズラをするためなのか…増築したジョンしか真実は知らない。


「ただいまあ。あれ、二人ともどうしたの?」

女性陣が戻ってくると、リアムとエアルが寒そうに応接間に座っていた。

「別に」

「そう。さて、ミラ、マノン。こっちきて!」

リアム達に何があったか訊く気は一切無いレイラが廊下から台車に積まれたたくさんのケースを入れ込む。

「銃か?」リアムが尋ねる。

「うん。私も一つ、持っとこうかと思って。何かあったとき、役に立ちたいし」

「そっか…扱い方は俺が教えるよ。でも、無理するなよ」

「うん、ありがとう」

ミラが少し、嬉しそうに照れる。

レイラは水属性に特化した銃をマノンに渡す。

「どう?私の最新作。世には出ない、世界でたった一つの銃よ。あの特性魔弾にも耐久できる頑丈さを突き詰めたの」

「世界に一つって、どういうこと?」

レイラがフレームを指す。

「ここだけの話、マジックメタルの破片を長年かけてかき集めていてね。それを使用して作ったの」

「すごい…本当に貰っていいの?」

「もちろん!私の無理難題に答えてくれたお礼」

マノンが銃に見蕩れていると、またレンからの殺気に、思わず振り向く。

続いてレイラはケースを開け、どれにするか悩んだ後、一つのケースをミラに見せる。

「ミラにはこれなんかどうかな?初心者向けだし、女性でも扱いやすいと思うの」

「レイラさんが勧めてくれるなら、これにする!」

「信頼してくれてありがとう。どうする?可愛くアレンジも出来るけど」

「あ~、してもらおうかなぁ…」

ミラとマノンの銃が決まった時、マスタングが応接間に入って来た。

「なんだ。お前等も銃を誂えてもらっていたのか。エアル。これだ」

「エアル兄も、銃を新調するの?」

「あぁ。マスタングさんのご厚意でな」

リアムとミラが二人を見やる。

「俺が隠し持っていた、フルマジックメタル製の銃、№㉞だ。大事に使ってくれ」

受け取ったエアルは、眼を見開いて驚いた。

「フルマジックメタルって!そんな、そんな貴重な銃を俺が持っていていいもんじゃ、」

「男なら黙って、弟分と女達を守ってやりな」

マスタングのその一言で、エアルは静かになり、決意し、力強く頷いた。

「さて。お前達に必要はないかもしれんが…初心者もいることだ。銃を扱うにあたり、魔法と属性の授業でもしようか」

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