第5話・・・メルカジュール2
珍しく降った雨は、朝になる頃には止んでいた。
「やっぱ雨は嫌いだわ。晴れてよかった!これで心置きなくメルカジュールランドで遊べるわね!」
ミラが窓から外を眺めていた。その声色はどこか無理して元気を出しているようにも思えたが、リアムは知らない素振りをした。
「そうだな。よかったな、晴れて」
朝のニュースを見ていると、近場の公園内で殺人事件が起きたと流れてくる。
「ねぇ、ここってマイラが昨日…」
「あぁ…」
二人の脳裏に過るのは、画面に映った公園に走って消えていくマイラの後姿だった。
『待ち合わせ、遅れてるけど、大丈夫?もしかして体調悪い?』
ミラからメールが入る。マイラは確認するが、返信はしなかった。ベッドの上で蹲り、クッションを抱きしめる。
(昨夜なのよ…人が死ぬの、見たの。それで今日遊ぼうって、そんなこと…)
出来ない。身体が重くて動かない。呪われているみたいに、怠い。
でも。
(でも、今日を逃したら、もう二人には会えないのね)
そうだ。ミラとリアムはティアマテッタに行くために滞在しているだけで、移住者ではない。明日になればこの街から去って行く。
「…行こう、かな」
マイラは支度をすると、部屋を出た。
「あ、マイラ!」遅れてやって来たマイラに、ミラが大きく手を振る。
「ごめんなさい、遅れました」
「気にすんな。じゃ、チケット買って入場するかぁ」
「それにしても、ここ風が強いわね」強風で女性陣の髪が乱れている。
「高層ホテルが並び経っているので、つむじ風で強いんです。中に入れば、落ち着きますよ」
マジックウォッチを起動させ、当日チケットを三枚購入しようとした時だった。
「えー!期限切れ?!そんなぁ」
女性の甲高い声がリアム達の耳に突き刺さる。声のする方向を見てみると、二人の女性が係員に突っかかっていた。
「ちょっと貴方、本当に期限切れなんですの?しっかり確認しまして?お姉様が間違えるとは思えないのですが」
「は、はい…そちらのチケットは去年の有効期限でして」
チケットには、去年の西暦と、今日と同じ月日が記載されている。日にちだけ見て、勘違いしたのだろう。
「そんなぁ…遠路遥々ここまで来たのに…」
大胆に肩を露出させた女性が大袈裟に項垂れる。
「仕方ありません、お姉様。チケットを買い直しましょう。あ、それか、今からメルカジュールランドを貸し切ってしまいましょう!確かここの大株主だったし、お父様に頼めば、すぐ手配してくださいますわ!そうしましょう!すぐ準備しますから、待っていてくださいね、お姉様♡」
たぶん、係員も列で入場待ちしていたお客さん含め、驚いたのはここにいた全員だろう。お姉様とやらはお嬢様の話なんか耳に入ってこない程期限切れにショックを受けて、電子チケットを見ては悲しい声で泣いている。このままだと、訳の解らない金持ちお嬢様が、お姉様のために一日中を貸し切りにされてしまう。イコール、そうなればリアム達は遊ぶことが出来ない。
「あ、あの!」ここで先手を打ったのはマイラだった。
「なぁに?わたくし、ちょっと忙しいのだけれど」
「さ、さっきチケットが切れていたとか…聞こえてきたので。良かったら、フレンド割が使えるので、一緒に入場しませんか?」
マイラのナイスプレーに、リアムとミラはガッツポーズをする。しかし、お嬢様は顔を歪め、怪しそうにマイラを見つめる。
「はぁ?フレンド割?そんなみみっちい事しなくても、大丈夫ですわ。ご心配、どうもありがとう」
「あぁぁっぁぁああ!私、ここの市民なんです!メルカジュールランドも通い詰めていて案内だってできますよ!なんなら、ご希望のアトラクションの最短で乗れる時間帯も、プールで遊ぶ時間も確保できます!それに!」
「それに?」
「お二人は姉妹ですか?とても素敵な姉妹がいるなって、思ってて…」
姉妹、その言葉に、お嬢様は耳から蒸気を出しそうなほど顔を赤らめさせ、饒舌になる。
「し、姉妹だなんて!ち、違いますわよ!この方はレイラ・ラスウェルお姉様。ヴェネロラで武器の設計をしているの。それに、武器のオプション品やアクセサリー作りにも才能を発揮してとても人気急上昇している職人ですのぉ!お目見え出来て、貴女とても幸運ですわよ。あ、わたくしはレン・ラードナー。よろしく。お姉様、この子がぜひ案内をさせてほしいそうですわよ!」
「えぁ?」。
ミラは、口を大きく開けていた。あのレンという女、各大陸に高級ホテルを建て、サービスは満足の上を行くレベルで講習を申し込む企業が殺到。大企業・有名企業に融資も行い、経済を生かすも殺すも自由自在と噂の大財閥ラードナー家のお嬢様なのだ。
「えぇっと、話が見えないんだけど。レン、この子が案内してくれるって?」
「はい、お姉様。貴女、自己紹介なさって」
レンがお上品に手を差し出し、マイラに催促する。
「わ、私はマイラ。マイラ・マイソンと言います。メルカジュールに住んでいます」
「あぁ、なるほどね。よろしく。私はレイラ。レン、アンタいつの間に地元の子捕まえるなんてやるじゃない」
「そんな、お姉様…♡」
「そして、こちらが私の友人の、ミラさんと、リアムさん」
リアムとミラはイソイソと近づいて会釈する。
マイラはマジックウォッチでチケットを購入する。
「私は地元民なので年パスですし、地元紹介フレンド割があるので、さらに安くなって…はい、購入できました。優先チケットも購入したので、これで今日はほぼ勝ちも確定です」
勝ちとは?と頭にハテナを浮かべたリアムだが、女性陣の熱気に口を出すのは野暮だと思い口を閉ざした。
リアムは、視線を人混みに向ける。先程から青髪の少女が自分達を尾行しているのだ。たぶん、リアムの視線に気づいたのか、少女はすぐいなくなった。
「さ、問題も解決したし、入園しましょう!」
おー!とミラとレイラが拳を突き上げた時だった。さらに強風が吹き、周りの女性達の悲鳴も舞う。
時間にしては0・八秒。一秒も見ていないのに。四人の女性陣のスカートがふわりと舞ったせいで色とりどりを見てしまったのだ。ピンク、赤、白、紺…
「あ!アンタ、今私達のパンツ見たでしょ!」レイラが興奮しながら食いついてくる。
「見てない!」
「嘘!私のパンツが目合ったって言ってる!」
「どんなパンツだよ!俺は無罪だ!」
「有罪よ!美女たちのパンツ見れたんだから今日は荷物持ちにパシリしなさいよ」
「アンタ…それが目的だろ」
リアムがレイラを睨むと、ニタ~っと笑うレイラ。
「アンタ等男子はね、パンチラくらい減るもんじゃないって思ってるでしょ?でも、私達女の子は恥ずかしさを噛み殺してるの…」
おいおいとウソ泣きするレイラ。ペースを崩してくるレイラがだんだん苦手になっていく。
「別に減るもんとも思ってないし、誰だって下着見られるのは嫌でしょうよ」と言い返すリアムだが、レンが黙っている訳もなく。
「ちょっと、これは等価交換だと思いなさい。警察に通報されないだけ、良しとなさい」
「警察…」もう気が遠くなっていく。
「リ、リアム!私はもう水着穿いてきてるから、み、見ても、大丈夫だよ…?」
ミラのちょっとズレたフォローももうフォローでもなんでもない。
「かしこまりました。本日はお嬢様方の召使になりますよ。これでいいか?」
「さっすがぁ!アンタいい男じゃない!ミラだっけ?ちゃんと捕まえておきなさいよ!彼氏!」
「か、か、彼氏じゃないです!」
五人がワイワイ騒ぎながら入園するのを、青髪の少女が確認すると、少女も急いで後を追う。
ミラ達は女子更衣室で準備をしていた。更衣室はソフトマットで足も冷たくならない仕様で、ロッカーも木目調で暖かい雰囲気だった。何より、清潔感があっていい。向かい合わせのロッカーの間の通路にはベンチも設置してあり、レイラは座りながら髪の毛を結んでいた。
「それにしても、リアムってホントいい男じゃない。パンツ見ても鼻の下伸ばさないし。どうやって捕まえたの?」
「彼氏じゃないですってば…幼馴染です」
「えー、でも好きなんでしょ?」
「それはッ、まぁ…」
「貴女、お姉様が訊いているのだからハッキリなさい」
「す、好きですよぉ!でもリアム鈍いのかなんなのか、昨日も同じベッドで寝たのにボディタッチすらしてくれなくて…」もうやけっぱちである。
アハッハハ!とレイラが豪快に笑うと、レイラは纏め終わった髪をロッカーの付属の鏡で確認する。そして、紐で結ばれたリボンを解き、ワンピースを大胆に脱ぐ。ファサリと落ちたワンピースの上に、さらにブラジャーも落ちてくる。
「簡単に手を出すような男は止めときなさい。お姉さんからのアドバイス」
「は、はぁ…」パンツ一丁で仁王立ちする姿は、同性でも流石に見ていて照れた。レンは「どんなポーズも素敵ですわぁ」と手を組み目をハートにしていた。
(レイラさん、おっきいお胸…)
マイラはまた、人の胸を眺めていた。そして、水着に着替えているレンにも視線をやる。
(こっちも、おっきい…色白)
ふふふ、と笑うとレンから睨まれる。
「貴女、さっきからなんですの?」
「いえ、別に」
マイラは自分の胸を見る。形はいい方だけど、大きさは無い。
ミラは服を脱ぐだけなので準備はすぐ終わった。荷物といっても、マジックウォッチ一つあれば何でも済む。ラッシュガードは羽織ればいいし、プールに入るときは脱いで椅子に置いておけばいい。しかし、レイラとレンはビニールバックに小物やポーチを入れて持ち歩くようだった。
「さて、準備も出来たし、行きましょうか」
四人が更衣室を出ようとして、傍で聞き耳を立てていた青髪の少女は慌てていた。入園に時間がかかってしまい、やっと入れた時には四人はもう脱いで着替え終わりそうだった。
「あ!」
少女は手元が狂って、可愛いパステルパープルのチューブトップスがボタリと落ちた。
「リアム、お待たせ!」
「おう」
「ど、どうかな…」ミラが恥ずかしそうに、感想を求めた。リアムは少し鼻がむず痒かったが、冷静に答える。
「似合ってるぞ。それ、俺が勧めたやつだろ」
「う、うん!リアムが似合ってるって、褒めてくれたやつ。えへへ…これにしてよかった」
照れて笑うミラに、リアムは思わずそっぽを向いた。それを、レイラがニタニタと見ている。
「うふふ。はは。はい、リアム。私達の荷物」
「はいはい」内心、笑うなとドつきたくなる。
リアムはレイラとレンから荷物を預かる。
「では、メルカジュールランド漫喫の時間、私がご案内します」
マイラがキリッと顔を決める。
優先チケットを追加で買ったお蔭で、人気アトラクション、絶叫系アトラクション・フライングオルカ。パニックホエール、深海サブマリン。アクションストーム。体感型アトラクション・スーパーセルを制覇出来た。
「はぁ、叫ぶと喉が渇くわね」
「じゃあ買ってくるよ。お前等、何がいい?」
「水飛沫かぶって寒いから、あったかいのがいいなぁ」ミラがそう言うと、レンもマイラも続きあったかい飲み物を上げた。
「了解。じゃあ、俺買ってくるから。ミラ、荷物だけちょっと見ていてくれ」
「うん」
「リアム、私も手伝うわ。流石に腕二本じゃ全部持てないでしょ。ついでにお昼ご飯も買ってくるわ。ジャンクフードでもいいかしら?」
「はい!お姉様に全てお任せします!」レンの一言で全てが決定した。
「じゃあ、行きましょうか、リアム」
「あぁ、悪いな。レイラ」
二人は売店へ歩き出す。
「ねぇ、気づいてる?」
「あぁ。あの子だろ」
レイラがマジックウォッチのカメラを起動させ、自撮り機能を鏡代わりに前髪を整えるフリをして、後ろを着いてくる少女に焦点を合わせる。
「知り合い?」
「いや。でも俺達が揉めてる時には既に着いてきてた」
「にしても…へたっぴな尾行ね」
「言ってやるな」
二人は苦笑いをすると、売店でココアを三つ、コーヒーを二つ購入した。チーズバーガー、チリソースのかかったホットドッグ、おかずクレープなど片手でも食べられるジャンクフードと、ポテトやナゲットも買い込んだ。
「ジャンクフード、久しぶりだね!」
ジャンクフードを見たミラが嬉しそうに手に取る。
「そうだな。ここ数年はずっとミラが作ってくれてたもんな」
「なんか、あの日思い出しちゃった…。あの時のハンバーガーが無かったら、リアムがご飯作ろうとしなかったら私、今の私になれてなかった、かも」
「そっか…」
「リアム、そばに居てくれてありがとう」
「ミラ、」
言葉を続けようとしたが、レイラとマイラの野次馬の視線に気づき、言葉を止めたリアムだった。
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