第3話・・・メルカジュール

「来た…ついに来たわ!輝く水の街、メルカジュール!」

ミラは震える拳を天高く突き上げる。

メルカジュール…ティアマテッタの入り口、交通の許可を出す街。海に面し、快晴が多くバカンスでも有名。水も清らかで、湧き水は飲み放題、路肩を流水はキンキンに冷えていて果物や野菜を冷やされている。都会と田舎が混ざったような不思議な街。そして水属性の人間が多く住む街。

パステルカラーの建物、見栄えがする店、パラソルが並び、アイスクリームやデザートを嗜む観光客で賑わっている。

「あー、あのジェラート美味しそう…あ、あのスティックのお菓子なんだろう?見たことない。あ!あのかき氷すごい可愛いし美味しそう!」

「デザートより飯!それより先にパスポート申請!お前の趣味はその後でだ」

「何よ、ケチ。そうだ、今日は申請とかで時間潰れちゃうでしょ?明日メルカジュールランドに行こうよ!そのためには水着買わないとよね」

メルカジュールランド。プール施設と遊園地が合体した大型アトラクションエリア。街での観光良し、メルカジュールランドで一日中遊ぶも良し。とにかく、メルカジュールは娯楽に飽きない場所なのは確かだ。

「いいから行くぞ。のろのろしてると置いていくぞ」

「あぁ、待ってよ!リアム!」


「はい、申請を受け付けました。発行まで三日程かかりますので、しばらく滞在をお願いしております。パスポートが出来ましたらマジックウォッチにご連絡入れますので、お越しくださいませ。新婚旅行でございますか?いい思い出を」

「…ありがとうございます」

ティアマテッタへの通行許可を申請し終わり、役所から出る。

「新婚旅行ですか?だって!私達そう見えたのかなぁ?」

「おべっかだろ。つうか、ティアマテッタに行くのになんで新婚旅行なんだよ」

「ほら、ティアマテッタに引っ越しするついでにここで新婚旅行するメジャーなのよ」

「マジ?」

「マジマジ。それにしても結構時間かかったね。もうお昼になっちゃった」

「行列だったからな。早く飯食いに行こうぜ」

「じゃあさ、ここのレストラン行こうよ!」

ミラがマジックウォッチから画像を浮かび上がらせる。小奇麗な民家的なレストランの写真や料理の写真が並ぶ。

「並んでる時に調べてたんだよねぇ。名物の魚料理が豊富で美味しいんだって!早く行こう!」

「おい、走ると危ないぞ!」

ミラが駆け出し角を曲がろうとした時だった。

「きゃっ!」

「アダッ!」

紫髪の、褐色の少女とぶつかった。

褐色の少女はふわりとよろめくと、そのままスカートを翻し、尻餅を着いた。

水色と白いレースが露わになっても、少女は慌てずキョトンとしていた。

リアムは少女の鈍感なのか、わざとなのか解らない仕草にポカンとしたが、我に返り慌てて後ろを向いた。ポカンとしていたのはミラも同じで、ミラは少女のスカートをまじまじと見ていたが、急いで手を差し出す。

「ご、ごめんなさい!大丈夫?吹っ飛ばしちゃってごめんね!」

「いえ、こちらこそ。ぼーっと歩いていたので。すみません」

(わぁ、ヤダ私ったら、この子のパンツ見ちゃった。綺麗な太ももだったなぁ…)

少女はミラの手を掴み、立ち上がる。

「…ミラが走ってたとはいえ、女の子吹っ飛ばすって、お前…ゴリ、」

「それ以上言ったら殴るからね」

「わかったよ」

少女はポンポンとおしりの埃を払うと、スカートの裾を払い正す。

「私、ここに住むマイラって言います」

「私はミラ。こっちはリアム」

「どうも」

「お二人はもしかして、新婚旅行ですか?」

「あはは…違うの…」

ここで肯定できないのがなんだか切なかったミラだった。がっくり項垂れているミラを余所に、リアムは首を傾げていた。

するとぐー、と誰かの腹が鳴る。

「あ…すみません。これからランチをしにいく所だったので」

「マイラもお昼?それなら、ぶつかっちゃったお詫びに私達がご馳走するよ!」

「え、でも、」

「いいじゃねぇか。ここで会ったのもなんかの縁だろ。もし奢られるのが嫌なら、その後ここの観光案内でもしてくれよ。それでどうだ?」

「そういうことなら。ぜひ」

「決まりね!」

ミラはマイラと腕を組むと、早速目的のレストランへ向かった。


昼飯は海鮮料理だった。鯛のパイの包み焼、蟹のビスクリゾット、ホタテのサラダ、サーモンの刺身、どれも舌鼓を打つものばかりだった。

食後の紅茶を飲んだ後は観光。現地に住むマイラのお陰で穴場の高台から街を見下ろし、海を見渡した。消耗品を買い足したり、デザートのメルカジュール名物ジェラートのカラメル焼きを食べ、次に向かったのはミラのご希望で水着を見に、街でも若い女性に受けるショップに足を運んだ。

店内は色とりどりの水着や日焼け防止のパーカーや衣類が眩いばかりに並んでいた。

「わぁ、どれも可愛い!」

「観光客の方に人気なのはやっぱりビキニタイプかな。地元の子はワンピースタイプが流行ってるかも」

「へぇ、そうなんだぁ…迷うなぁ」

「なんでも着てみりゃいいじゃねーか」

「え!いいの?!」ミラが眼を輝かせてグイッと顔を寄せてくる。

「お、おう…」

この時リアムは知らなかった。迷える女の子の、買い物に費やす時間を…。

「これどうかなぁ?」、「こっちも可愛いなぁ」、「ちょっと…面積狭い?」ミラは代わる代わる水着の試着をしていく。フリルの水色のビキニ、薄紫の可愛いスカートの付いたワンピースタイプの水着、カジュアルなビキニとズボンタイプの水着、腰紐がリボンで結ばれた解けたら致命的な水着、大人っぽい黒のビキニに腰にはロングスカート。マイラも気に入ったのを見つけたら持ってきて、しかもショップ店員がマイラの友人だったせいもあり、売れ行きの良いもの、流行のもの、周りよりひとつ差をつけられる水着、などなど…もうリアムには着いていけない世界で、店内にあった椅子に座り天井を眺める事しか出来なかった。

「サンダルは水着が決まったら選びましょう」

「ありがとう、マイラ。マイラがいてくれて本当によかったよ」

「いえ、私もミラさんとリアムさんに会えてよかったです。とても楽しい…」

マイラは自然とミラの胸の谷間に視線が行く。

(綺麗なお胸…もしかして、リアムさんのものだったりして…)

人の谷間を見てフフッと笑ったマイラに、ミラは反射的に胸を隠した。

「マイラ、ちょっと不気味だよ」

「あ、すみません」

「そういえばマイラって歳いくつ?十五、六くらい?」

「いえ、十七です」

「え!私と一緒だ」

「私、こんな性格だから周りからも下にみられるんです」

「そうなんだ…確かにちょっと、ふわっとしているというか、危なっかしいというか」

すると「そうなんです、ミラさんも言ってやってください」と友人の店員が入って来た。

「もっとしっかりしてよね、マイラ。私達だっていつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから。あぁ、それと。夢中になりすぎちゃったけど、もうそろそろ決めないとお店閉められないよ~」店員が声をかける。リアムは遂に終わりが見えたと内心ガッツポーズをした。

「ミラ、このピンクの水着とかどうだ?一番似合ってたと思うけど」

「そ、そう?それじゃあこの水着にしようかな」

「お決まりになりましたか?それじゃあ、これに似合うサンダルや小物も決めましょう!」

そこから更に盛り上がり、結局閉店ちょい過ぎまで選んでた。


「マイラ、今日はありがとう!ねぇ、マイラも明日メルカジュールランドで遊ぼうよ!」

「そうだな。ミラの水着選びに付き合ってくれたんだ。お礼くらいさせてくれよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて明日も一緒に遊んでください」

「もちろん!それじゃあね、マイラ。また明日」

「送って行こうか?もう遅いし。いくら地元とは云え…」

「大丈夫です。治安はいいんですよ、ここ。それじゃあまた明日」

マイラは手を振ると、小走りで公園がある方へ駆けていった。

「なんか不安だな」

「街灯もあるし、大丈夫だよ。真っ暗じゃないし。ほら、私達もホテルに行かないと」

モダンな雰囲気のホテルビビアリー。お洒落な雰囲気から若い世代に人気のホテルを奇跡的に予約出来たミラは大喜びだった。そしてチェックインして通された部屋は…

「なんでダブルベッドなんだよ!!!!」

リアムは頭を抱えしゃがみこんでいた。

「なんで?!ダブルってベッド二つってことじゃないの?!」

「ベッド二つはツインルームでお願いすんだよ!」

「アハーーーーー!!!!ごめんねリアム!私やっちゃったあ!」

「いや、まだ諦めるな、簡易ベッドが収納されているかもしれない」

「そ、そうだね!あ、私、部屋交換できないか聞いてくるね!」

「あぁ、頼む」


「惨敗だ…簡易ベッドも無し。部屋も満室で交換できない…」

「ごめんね、リアム。私、勘違いしてて」

二人はベッドに腰かけ、項垂れていた。折角の観光気分が一気に現実というか、気まずさに包まれる。これでは休まるどころではない。

「気にすんな。俺は今日ソファか風呂場で寝るから」

「え、そんな風邪ひいちゃうよ!端っこに寄れば気にしないからさ…ベッドで寝ようよ」

「いや、俺が気にするって云うか」

「リアム」

ミラがじっと見つめてくる。頑固な時のミラの眼だ。これじゃあ、自分もベッドで寝ないとか言い出して、役目を果たせないベッドと風呂場とソファで寝る人間という、ヘンテコな図が出来上がるのも困る。

「…解ったよ。余った枕で境界線作るぞ」

「ふふ、うん!」

リアムとミラは、大浴場で入浴を済ませ、就寝に着く前に余った枕をベッドの真ん中に敷き詰めた。

「おやすみ、リアム」

「おやすみ」

電気を消すと、ミラは自分の心臓がリアムに聞こえるんじゃないかと不安になった。緊張して、心臓が張り裂けそうになっているなんて。リアムのことが好きなんだってバレるんじゃないかって。

「ね、ねぇリアム…少し、手が冷えちゃったから、手、繋いでもいい?」

あぁ、誘い方下手くそだな。ミラは顔に熱が集中する。

「…リアム?」

起き上がると、もうぐっすり眠っているリアムがいた。

「…この馬鹿!」

「うグッ?!」ミラは、思わずリアムの腹にパンチを入れて、ケンカになったのは別の話。



マイラはミラ達と別れて、家に帰るために走っていた。なんとなく、走りたい気分だった。小さい頃を思い出したみたいに、気持ちが高揚して意味もなくスキップしたくなる、そんな気分。

(本当、楽しかったな。また明日も遊べるんだ)

「頼む、やめてくれ!」

公園に響く叫び声に、急に現実から緊張に引き込まれる。マイラは咄嗟に茂みに隠れ、叫び声が聞こえた方を覗いてみる。

「頼む、殺さないでくれ!なんでもする!だから!」

「あのねぇ、殺さないと意味がないんですよ。アンタがいくら金を積んでも、女を捧げても、権力を渡しても、死なないとダメなんですよぉ!」

黒服の男達は、銃を命乞いする男に向ける。マイラは耳を塞ぎ、眼を瞑るが、銃声は夜空に響いた。

(どうしよう、人が、死んじゃった…!死んじゃった!)

マイラはマジックウォッチの非常事態モードにして警察にSOSを送る。無音のまま、警察が向かいます、と文字が浮かび上がる。

警察が到着し、保護されるまでマイラは動けずにいた。怖くて動けなかった。もし、自分が助けに入れば殺された男の人は助かったかもしれない。あるいは、自分も殺されていたかもしれない。

事情聴取が終わると、マイラは警察職員の車に乗せられて、自宅まで送られる。

「あまり、ご自分を責めないでください。我々は、貴女が無事だったことが嬉しかったのです。貴女まで被害に合っていたら…私達は、悔やんでも悔やみきれません」

「はい…」


快晴で有名なメルカジュールだが、珍しく深夜から雨が降り始めた。

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