第2話・・・ゼーロの街2
夕方。オレンジや緑のネオンが灯り始める。数日の間に四人も人が死んだのに、街は至って普通で、朝が来て、夜が来る。そしてまた朝を迎える。こっちが望んでいなくても、嫌でも時間は進む。リアムはミラの家に向かい歩いていた。自分には両親と、ミラの両親の仇を討つという目標が出来た。復讐が出来た。だが、ミラは違う。まだ立ち直れていない。復讐しようとも考えていない。ただ、無気力になって、毎日をぼーっとして過ごしている。あの生き生きとしていた瞳が曇っている。風呂にも一週間入っていなかったこともあった。流石に臭いがするからなんとか入れたけど、あの日の雨音と重なるのか、すすり泣く声が浴槽から響いてきたとき、後追い自殺をしないか怖かった。食事も取ってなくて痩せこけた。
エアルの家の前を通った時、エアルが足速に車に乗って出かけるところだった。
(今日は帰って来てるのか)
あの事件以来、エアルはずっと事件を追っていて帰ってきていなかった。絶対に捕まえる。俺とミラにそう誓った日のエアルの眼は、鬼神が宿っているようだった。
「おーい、エア……」
エアルは俺の呼びかけに気づいていない様子で車を走らせていった。エアルの車のマフラーの音を背に歩き出そうとすると
「あ…リアム」
夕涼みのためか、窓を開けたエマと目が合った。
「エマ姉。こんばんは…。エアル、帰って来てんだな。最近見なかったから」
「そのことなんだけどね。エアルの奴、急に刑事やめちゃって」
「え?」
「その、リアム達になんて言えばいいのか解らないんだけど。あの子、絶対に犯人捕まえるからって。旅に出ちゃったの」
「旅に?!」
思わず大きな声が出て、慌てて手で口を覆う。
「何でわざわざ…つうか、それなら警察で追った方がいいんじゃ…?」
「私もそう思ったんだけど、なんか、行き詰っちゃって辞めちゃったみたいなの。今もどこ行ったのか解らないし。もう本当、何やってんだか」
「そうだったんだ…」
エアルが簡単に捜査を投げ出すとは、リアムには思えず、不思議と怒りは沸いてこなかった。
エマは憂鬱そうな表情をし、何か言おうと迷っているようだった。そして溜息をひとつ吐いてからリアムを見据えた。
「リアム。最近、夜な夜な公園でトレーニングしてるでしょ」
「えッ、ナゼソレを…」
そう。リアムは復讐を決めてからまずは身体作りとして公園の遊具やアスレチックでトレーニングを始めていたのだ。
「ママ達の間で噂になってるの!夜に怪しい男が遊んでるって」
「遊んではねーけど」
「だから、エアルがこっそり使ってたガレージハウスがあるの。そっちのほうが公園より設備が整っているから、よかったら使って。防音もしてあるみたいだし。通報される心配も無いしね」
「あ、ありがとう…」
エマがガレージハウスの鍵をリアムに向かって投げる。キャッチすると、メルカジュールランドのマスコットキャラクターのキーホルダーが着いていた。
「ありがとう、エマ姉。使わせてもらうよ」
「筋トレなんかしてどうするの?」
「軍に入る。強くなりたいんだ」
「そう。無理しないでね」
インターホンを鳴らしてから、ミラから半強制的に預かった合鍵を使い、玄関を開ける。
「ミラ、来たぞ」返事は無い。
リビングに入ると、ソファで寝転がり、天井を眺めているミラがいた。毎度、生きていて良かったと安堵する。
「今日はハンバーガー買ってきたんだ。食べよう」
「うん」
力の無い返事をしてから、ミラは起き上がり適当にバーガーを手にとり食べ始める。
「はい、レモンティー。ポテトとナゲットもあるから、好きに食えよ」
「うん」
機械のように食べていくミラが不気味だった。
リアムも、食べても味が解らなくなっていた。母親が作ってくれたハンバーガーモドキは、それは美味しくて、お上品だからジャンクの方がいいぜ、なんて冗談で言い合ったこともあった。でも、今は違う。ジャンクも、何も、味が解らない。何を食っても同じな気がして、美味しいも不味いも無くて。ただ、ミラと二人で生きるために腹を満たす行為しかしていない。
「…手作り料理、食いたいよな」
「……え?」
「毎日ジャンクフードやデリバリーだもんな。そりゃ飽きるぜ。俺、料理頑張ってみるよ。あんま期待するな。今日はやることがあるから、帰るけど…。明日の夕飯は俺の手作りだ」
ニコッと笑ってみても、ミラは呆然と見つめてくるだけだった。
「じゃあ、俺は帰るわ。今日は風呂入れよ」
リアムが部屋から出ていった後、ミラはボソリとやること…と口ずさんだ。
マジックウォッチに送られてきたガレージハウスの場所に向かう。住宅街や繁華街から離れた、廃れた工業地帯に建っていた。
最近まで使われていたのか、埃っぽさは無い。
「すげぇ。車好きのエアルらしや」
車をメンテナンスするジャッキ、リフト。周りを見渡すと、車のパーツやボルダリングや、トレーニング機材。ラックに無造作に置かれた銃のオプションカスタマイズのガトリングガン、スナイパーライフル、マシンガンなどがあった。壁にはマジックソードが掛けられている。裏の路地には銃の練習場まで設備されていた。
ここなら誰にも邪魔されず、人目を気にすることなく思う存分出来る。
「男のロマンが詰まっている…エアル使わせてもらうよ」
リアムは早速、銃を取り出し訓練をし始めた。
射撃は酷いもんだった。真ん中に命中すらしない。汗もかなり掻いた。時計を見ると、時刻は午前一時前だった。
「ヤベェ…帰らないと」
ガレージハウスに戻ると、ミラが雑に置かれた木箱に座っていた。
「うわぁああぎゃ?!?!」
「ぎゃあああ!!!」
「ミ、ミラ!?なんでいんだよ!驚いた、マジで驚いた、心臓止まるかと思った!」
「私も止まるかと思ったよ!」
久しぶりに大声を上げるミラに、リアムは少し驚いた。夕飯の時とは、随分違う。
「エマ姉から聞いたの。ガレージハウスに居るって。それにリアム、手料理食べたいって言うから…リアム料理した事ないくせに作るとか宣言するし、それでお腹壊したらたまったもんじゃないから、私が代わりに作ったの」
「はい?え、俺の料理ってそんな信用無いの?」
「いいから食べよう。お腹空いちゃった」
ミラから、普通の言葉が聞けた。料理作った、お腹空いた…。ここしばらく、聞けなかった言葉。当たり前の言葉。
「いただきます」
「いただきます。久しぶりに作ったから、不味くても文句言わないでね」
「…言わねぇよ」
バスケットの中には、サンドイッチが入っていた。たまごサンドに、ハムとレタス、トマト、チーズが挟まれたサンドイッチ。クリームチーズとブルーベリージャムのサンドイッチ。
「うん、旨い。旨いよ。たくさん作ったな」
「久しぶりにキッチンに立ったら、手順とか忘れちゃったし、量とかもなんか分からなくて。でも、楽しかった。ママと料理して、パパが喜んでくれたこと…思い出して」
「そっか」
「ねぇ、これからは私が料理作りに行ってもいい?」
「ミラが気晴らしになるなら、いいけど」
「よかった、ありがとう、リアム!」
ミラの笑顔が、すごく下手くそだった。でもそれは無理に笑っているのではなく、笑い方を忘れたって意味で。しばらく笑わないだけで、人はたくさんの事を忘れてしまう。そして、どんな笑顔でも、こんなに眩しくて、見ると嬉しくなるなんて知らなかった。あぁ、守りたいってきっとこういう事なんだ。親父が言っていたことがじんわりと沁み込んでくる。
「これからもよろしくな、ミラ」
「うん…!」
多分、両親を殺された傷が癒えていくのは時間がかかるだろう。一生消えないかもしれない。いや、消えることはない。でも、かさぶたにして、傷口を強くして、生きていくしかない。リアムは、ミラとなら大丈夫な気がした。
それからリアムはトレーニングや鍛錬に時間を費やした。銃の扱いも日々成長していく。
ミラも、気晴らしが出来て暗いことを考えている時間が少なくなっていった。次第にガレージハウスに居る時間が長くなり、簡易的なテーブルとイス、冷蔵庫、ベッドやキャンプ道具のコンロなど生活品も置くようになった。
そしてミラも、通い妻みたいになっていた。
あの事件から、二年が経とうとしていた。
リアムはすっかり大人の顔つきになり、背も伸びて、身体もガッシリと筋肉がついていた。
そして、あんなに美人に育ったミラと恋人同士ではないことにも、ご近所さんからは驚かれていた。
リアムはガレージハウスの鍵を返すために、エマ宅に訪れていた。
「あ、リアムにいちゃん!」
「よう、アイリス。ちゃんとママの言う事聞いてるか?」
「当たり前よ!」
アイリスも六才になり、おませさんになってきていた。
「エマ姉。鍵、ありがとう」
「わざわざ返しに来るなんて。別に持っていてもいいのに」
「いや、これから入隊試験を受けるためにティアマテッタに行くから」
「そう。ついに行くのね。リアムまで街から出ていくなんて寂しくなるわ。エアルも、あれ以来一度も顔を見せもしないでも本当、腹が立っちゃう。ねぇ、ミラはどうするの?」
「置いてく。アイツの事は巻き込みたくないからな」
「ミラが泣くわね」
「アイリスも泣く…」
「ごめんな、アイリス。手紙書くから。しょうがないさ。ミラのこと、頼んだぜ。エマ姉、お世話になりました。エアルにもよろしく」
「えぇ。リアムも元気でね」
リアムは必要な荷物だけを持つと、街の駅を目指して歩き出す。軍は、ティアマテッタにしか無い。そこに入り、軍の情報をハッキングし、犯人を捜す。さらに身体と技術を鍛え、磨き、得た力で両親の仇を必ず討つ。そのために今日まで生きてきた。復讐するために。
「まずはメルカジュールか…」
ここゼーロの街からメルカジュールまでは列車で三日はかかる。列車もメルカジュールまで直通ではないから、乗り換えも必要だ。
色々なことをあれこれ考えながら歩いていると…
「遅かったじゃない、リアム」
「…は?」
そこには、バッチリ旅支度をしたミラが仁王立ちで待ち構えていた。
「帰れ…」
「いや! リアムと一緒にティアマテッタに行く!私が生活面担当、リアムがお金調達と護衛担当。ね?私達っていいコンビじゃない?」
「いいコンビか? 駄目だ。帰れ。」
「いーーーや! 絶対帰らない!!」
ミラの性格からいうとここは絶対に引かないだろう…
「ほらほら、旅は道連れ、世は情けってね!私もここ以外の街が見たいの!」
「………勝手にしろ」
こうして、リアムとミラの旅は始まった。くだらない話をしながら、ティアマテッタの入り口と言われるメルカジュールを目指して。
その晩は、小さな町の民宿に泊まった。流石に部屋は別けてもらったが、シングルタイプとは云え、狭いにも程があった。
亡霊のように立ち尽くしている、ミラに似た女性がいた。虚ろで濁った瞳。左内太ももに黒い薔薇のタトゥー。銃口を俺に向け、容赦なく引き金を引く。劈くような子供の泣き声に、リアムは悲鳴を上げた。
「ッハァ…ハー」
空には月がまだ浮かんでいる。頭痛がする。また、あの悪夢だ。そして銃を持った女性は、ミラだ。姿からして、すぐではないが、将来確実に殺される。
「連れてきて、よかったのか…?」
自分の傍にいることで回避できる未来なのか、それとも…。
迷うな。ミラが傍にいる以上、自分が守ればいい。必ず守る。そのためにも入隊をするんだ。もう、誰も失いたくない。
リアムは瞼を閉じるが、また寝付けることはなく、そのまま朝を迎えた。
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