ETERNITY∞

Aret

1章・・・旅立ち

第1話・・・ゼーロの街

 

この世界には六つの大陸がある。そして全ての人間が魔法の力を持ち、力は一一歳から一三歳の間に覚醒する。日々の暮らし、仕事、世界のすべては魔法によって成り立っている。



…両親の背中が見えた。何かから逃げているようだった。俯瞰からでも解る。俺は声にならない声で逃げろ、逃げろと叫ぶ。親父が魔法攻撃をするが外れる。そんなことしなくていい。頼むから逃げて、俺の所に帰って来てくれ。頼むから…。どんなに願ったところで、親父とお袋は、無残にも殺された。心臓を貫かれ、身体にぽっかりと穴が空いていた。

「ッわあああ!」

悪夢から醒め、飛び起きる。カーテンの隙間から朝陽が差し込む。汗でびっしょりと濡れた身体が気持ち悪い。肩を上下させ息を整える。夢と解っても気分が良いものではないほど生々しい夢だった。リアムは腕で額の汗を拭うと、生活音が聞こえてくるリビングへ急いだ。



リアムが住むゼーロの街。ゼーロはエウロパ大陸の南南西に位置し、人類で唯一無属性魔法が使える人々が住んでいた。リアムも勿論無属性魔法、幼馴染のミラも無属性魔法、友人のエマとエアル姉弟も無属性。当たり前だが両親も無属性。街の皆が無属性だからリアム自身は気にしていなかったが、他の街からの人間は不思議や好奇な眼差しを向けてくることもしょっちゅうだ。

「おはよう…」

「おはよう、リアム。あら、折角今日の主人公なのに体調が悪そうじゃない。大丈夫なの?」

よっぽど酷い面をしていたのだろう。朝食の準備をしていた母親が慌てて近づいてきた。

「大丈夫だよ。シャワー浴びてくる」

「えぇ…」

リアムがバスルームへ向かうと、母親はキッチンに向かい直す。

「あの子、大丈夫かしら」

「リアムだってもう一六歳なんだ、色々考える事もあるんだろう。何、あの年頃はだんだん語ることが少なくなってくる。余計な心配を小言で言うよりも、俺達両親がどんと構えていたほうが安心するさ…たぶんだけどな」

父親が三人分のコーヒーを淹れテーブルに置く。

「そういうもんなのかしら」

「そういうもん」


朝食を終え、気晴らしに散歩をする。あの悪夢が離れない。

「リーアム!おはよう!」

「おぉ、ミラ。はよ」

後ろから背中を叩いてきたのは、幼馴染のミラだ。黒髪が色白の肌を際立たせている。

「今日お誕生日でしょ。おめでとう。明日お祝いしにリアムんち行くから」

「はぁ?いいよ、別に。明日から親父仕事でティアマテッタ行くから留守だし。おもてなしできねぇぞ」

「だからだよ…」

小声でぼそりとミラが言う。

「ん?なんて?」

「なんでもない!とにかく、今日はおばさん達、明日は私。オーケー?」

「わかったよ。あれ、ミラ。お前なんか血色良くないか?熱でもあんじゃねぇの」

手を伸ばしミラのおでこに当てる。ミラは更に顔を赤くし声を荒げた。

「熱とかじゃないから!メイクしたの、メ・イ・ク!ローズピンクカラーのチークに今流行りのプリンセスパッションシリーズのラブリーピンクのリップも買ってみたの!」

「あーあぁ、わかった、わかったから呪文みたいな商品名言うな!」

「それで、どう?似合う?今日の為に張り切ったんだけど…」

ミラは視線を下に向け、髪の毛の先を弄り始めた。リアムは、この仕草に弱かった。だって、ミラが可愛く見えるから。

「に、あうと思います…」

可愛い女の子が、メイクして感想求めてくるとか、勘違いしたくなるじゃないですか。

ちょっと逆上していると「あ!リアムお兄ちゃんと、ミラお姉ちゃん!」と元気で可愛い声がする。

「アイリス。今日も元気だな」とリアムが言う。

続けてミラが

「おはよう、アイリス。エマ姉もおはよう」

「おはよう、ミラ。リアムはお誕生日おめでとう」

続けてアイリスが「おでめとう!」

彼女はエマ。ミラのお隣さんで、リアム達とも年が離れているため、姉貴分で面倒を見てくれていた。そして娘のアイリス。四才のお転婆。エマは、所謂シングルマザーだった。

「小さかったリアムもミラももう大人みたい。時間の流れって早いのね」

「エマ姉だって、アイリスがもう四才だよ?そりゃ私達も成長するよ」

「そうね。リアム、おばさんに迷惑かけちゃダメよ」

「かけねぇよ」

エマはクスクスと笑うと、手を振り公園へと向かい歩いていった。


自宅に戻ったミラは、足速に自室へ行きクローゼットに収納してある衣装ケースを引く。中身はパステルカラーや、艶やかな色の下着達…。ミラはパッションピンクの下着を手に取ると「明日こそは!」と気合を入れた。

「…ちょっと派手かなぁ」



テーブルの上にはリアムの好物が並んだ。

「別にもう喜ぶ年齢じゃないんだから、ここまでしなくても」

「そう言うな。父さん達には特別な日なんだから」

「そうそう。ケーキを用意しなかっただけ良しとしてよ。去年なんかケーキにネームプレート付けたの用意したら恥ずかしがって怒っちゃって」

「もう忘れてくれ…」

急に恥ずかしくなり耳に熱が集中する。家族が談笑する。

母親が作る料理はとても美味しい。もうこの味が好きとか、美味しいとか照れくさくて言えないけれど。代わりにいただきますと、ごちそうさまは欠かさず伝えていた。

「ごちそうさまでした」

「リアム。十六歳の誕生日おめでとう。これは父さんと母さんからのプレゼントだ」

厳重なケースを渡される。想像と違うラッピングにリアムは怪しげに顔を歪ませるが、両親から開けてみて、とうい期待の眼差しが痛かったので恐る恐るケースを開けてみる。

「これ…すげぇ!特注の銃じゃん!マジ?!」

「そうよ、リアム専用の銃。銃を持つことは責任も生まれるし、何よりもう大人として扱われる。母さんたちも助けてあげられないことが出てくるかもしれない。だから、周りの人を助けなさい。それがいつか、巡って貴方を助けてくれるから」

「お袋…」

「その銃は一生ものだ。名工マスタングの最後の作品だ。この銃は成長する。お前と共に。いつか大切な人や、家族が出来た時、そしてお前を守る武器になる。自分自身の鍛錬を怠るな。わかったな。扱い方やメンテナンスについてはリアムのマジックウォッチに送っておいた。よく読んでから扱うんだぞ。」

「わかった」

さ、今日はもうお開きにしようか。父親が和めば、引き締まっていた場所が穏やかになる。リアムはそっと銃に触れる。



それは突然だった。電話が鳴る。警察から。要件は、両親が死亡した。そこからリアムの頭には何も入ってこなかった。だって今日、連絡があるとしたら。両親からのこれから帰る、というはずだったのに。


これから警察署に両親の確認に行かなければならない。重い足取りで進んでいくと、エマ宅にエアルの車が止まっていた。新米刑事のエアルは多忙で、帰って来てもすぐ仕事に行ってしまうから、姉のエマはいつも心配していた。

「それにしても、まさかリアムのご両親が殺されるなんて…ましてや、胸部に穴なんて…」

「俺も発見したとき、リアムが頭を過ったよ。こんな姿のご両親を確認しないといけないなんて。まだ十六だぞ。大人でもキツイのに、辛すぎる」

聞こえてきてしまった会話に、目頭が熱くなった。目の前が歪んでいく。この前みた夢と同じじゃないか。警察が言うには、道中、ゾクに襲われた線が濃厚らしい。じゃあなんだ。あの時、行くなと止めていれば、両親は死なずに済んだのか?俺のわがままを聞いてくださいと、頼めばよかったのか?

気がついたら、自宅に戻っていた。苦しくて息が出来ず、ゼーハーと無理に呼吸をする。

「リアム?リアム!大丈夫?なんかすれ違った時怖かったよ?リアム…?家、入っていい?つうか、入れて。心配だから」ミラだ。タイミングが良いのか、悪いのか。今は会いたくないのに、入れないとずっと玄関に張り付かれそうな気がして渋々開ける。

「なんなんだよ、お前。しおらしいと思ったら、命令口調で」

「なんだっていいじゃん。ねぇ、リアム。大丈夫?顔、ぐちゃぐちゃ…鼻水で汚いし」

「………」

「ねぇ、リアム…私がいるから。そばにいるから。おばさん達、今留守だけど、私力になるから。だから、」

ミラがリアムの頬を手で包む。親指で涙を拭う。安心させるように、困ったように微笑むミラに、リアムは縋るように抱きしめた。

「くぅっ…うぐっ…」

「うん、大丈夫…大丈夫だから…。」

ミラは、なんとなく解っていた。お隣さんのエアルの話が聞こえてきたから。リアムの両親が殺害されたことも。でも、リアムがちゃんと自分の口で話してくれるまで黙って、知らないフリをすることにした。そのほうが、今のリアムにはいいと思ったから。


やめろ、やめてくれ。もう、これ以上大切な人達を殺さないでくれ!!

「やめろおお!」

最悪だ。また悪夢だ。リアムは誰もいないリビングのソファで絶叫する。うたた寝をしていたらしい。だが、また悪夢を見た。今度は、ミラの両親が胸部に穴を撃ち抜かれ殺されるされる夢。リアムは形見となった銃を取り、一呼吸置き、決意した眼差しでベルトに装着し、急いでミラの自宅に走った。

「ミラ?おじさん、おばさん!!」

ミラ宅は誰もいなかった。ポツポツと雨が降ってくる。

(落ち着け、大丈夫。間に合う、間に合う!)

中心街に来たとき、いつもの賑わいとは違う異様な空気が漂う。人だかりの中から、聞き慣れた声がする。

「パパ、ママ!」

息が止まった。

胸に穴がぽっかり空いた死体に泣きつく少女…ミラがそこにいた。雨は容赦なく少女の身体に雨粒を打ち付けて、泣き声すらも掻き消して。血液は水墨のように地面に滲みながら緩やかに流れていった。

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