第25話 体 < 心

 「ごめん」


 たっちゃんは頭を下げた。 


 「正直に言うと、 俺にはそういう気持ちが分からないから、 怖いって感情も少しある。 俺もひぃのこと好きだけど、 ひぃと同じ好きじゃないと思う。 ごめん。でも、 なんだろな、 すごく嬉しい。 ひぃの前では俺は生きてていいんだって感じがする」


 ゆっくりと慎重に言葉を選びながらたっちゃんは応えた。 最後に笑った顔が優しかった。

 

 俺は、 たっちゃんの言葉を頭の中で反芻して、 自分の中に落とし込んでいく。 


 「俺もさ、 たっちゃんと同じで、 最初は男を好きとか意味が分からなくって、 自分が怖かった。 

自分は男だけど、 ドキドキする相手も男で、 でも頭では女子を好きになりたいと思ってるし、 それが常識やろ? なのに、 心も体も環境も、 何もかもがちぐはぐで意味わかんなくて、 最初は自分の感情を無視してた。

でも、 小川に告白されて心がざわついた。 好きな人に好きって伝えるのってこんなにも綺麗なことなのかって」


 あの時の小川の緊張した顔も笑った顔も、 全てが眩しかった。 こんな俺を好きだと言ってくれることが本当に嬉しかった。 なのに、 それに応えられない俺の心が疎ましくて、 申し訳なくもあった。

 

 その時、 人と関わるごとに追いかけていた、 たっちゃんの存在をまざまざと意識したんだ。 無意識に心の底に追いやって、 見て見ぬふりをしてきたたっちゃんへの思いに。 


 たっちゃんは静かに俺を見つめていた。 


 「あ。 これ。 サクラちゃんに渡しそびれたんやけど」


 俺は、 リュックからあの缶を取り出した。

 

 「それって」


 缶を受け取るたっちゃんの瞳が揺れていた。


 「その缶をさ、 たっちゃんに渡そうと思って。 それを探してたらさ一緒にしまってたじいちゃんのタバコを見つけたんよ。 じいちゃんが亡くなった時に形見みたいなんが欲しくて」


 「え? ひぃがタバコ? 似合わねー」


 たっちゃんが茶化した。 それさえも心地いい。 


「いや、 吸わんけどさ。 ただ、 じいちゃんの匂いがしたから、 これが良いってばあちゃんに貰ったんや」 


 「そうやな、 タバコの匂い染みついてたもんな」 


 たっちゃんが懐かしそうに天井を仰いだ。

 

 「試しにな、 火つけて一回だけ吸ってみたんよね。 いや、 あれは吸ったって言わんかもしれんけど…… ほんで」


「待って待って、 ひぃがタバコを??」


 たっちゃんは今日一番のリアクションで大笑いしだした。


「ちょお、 たっちゃん笑いすぎ! 聞いて! ほんでな、 その時登っていく煙でじいちゃんが灰になった日の事思い出してな」


 腹を抱えて笑っていたたっちゃんも、 真面目な顔つきに戻って、相づちを打つ。 


 じいちゃんの抜け殻と煙を見た日。 あの日の俺には分からなかった。

 

 今生きているどんな人も、 いつかああやって抜け殻になって燃えてくのなら、 どうして生きてるのって。 


 「人間最後は抜け殻になって、 煙になって終わり。 所詮体は入れ物でしかないんよ。 だったら外見なんて置いといて、 心で感じたことを優先していいんじゃないかって。 それに、 俺も気持ちを伝えて小川みたいに綺麗になりたかった」


 俺はここまで一気に話しながら、 自分の気持ちを再確認した。

 

 「煙になって終わりかー」


 たっちゃんがぼんやり呟く。

 

 「最後には灰と煙になるんだったら本当になんで生きてんのか分かんねえな。 種の保存? 大人の都合の埋め合わせ? それとも何の意味も無いのか」 


 「うん」


 俺もたっちゃんと同じようなことを思っていた。 


 「ほんと、 何のために生きてんのやろ。 でも俺は今日たっちゃんに会えて嬉しい。 気持ちを伝えられて嬉しい。 この感情を味わえて、 今は生きててよかったなって思うよ」 


 たっちゃんが問いかける。 


 「でもさ、 その一瞬の嬉しいでこの先も生きられるか? そんな楽じゃないよ」


 俺は応える。 


 「だとしても、 どうせ遅かれ早かれ抜け殻と灰と煙になるんやから、 ちょっとでも楽しんだもん勝ちなんよ。 それが自分が望んだ命じゃないにしても」 


 そうなんや。 自分が欲しくて貰った命じゃないのに全うしなきゃいけないなんて。


 本当は、 俺だって楽しんだもん勝ちなんて思ったこともない。 みんな同じだよ。 


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