第21話 溢れ出るんだ

 「……どうぞ」


 たっちゃんに言われて俺は深々とお辞儀をし、 お邪魔しますと言いながら部屋へ入った。 涼しい空気が肌にあたり、 ふぅっとため息をつく。

 

 通されたリビングは雑然としていた。 物は少ないが、 整っているという感じもなかった。 そして、 誰もいなかった。 そりゃあそうか。 多分お父さんは仕事なのだろう。 


 「お茶しかないけど。 ここ置いとくよ」


 対面式のキッチンのすぐ横に、 小さな二人掛けの木製テーブルがあった。 ここ座っていい? と訪ねてからそのテーブル椅子へ腰かけ、 グラスのお茶を一口飲む。 そして一気に飲み干した。

 

 お茶も部屋も、 椅子までもがひんやりしていて、 外での暑さが嘘のように感じる。 


 たっちゃんは俺の向かいに、 視線を合わせないようにして腰かけた。 


 「で、 何で来たの? こんなとこまで。 一人?」


 「うん。 遠かった。 三時間もかかったんやけど。 一人で来た」


 「三時間? 電車で来たの? 新幹線なら小一時間で着くだろ?」


 「あ、 うん。 俺お金あんま持ってないし電車で。 帰りも電車で帰るから、 あと少ししたらもう出んといけんかなって感じ」


 「ふーん。 意外。 一人でこんなとこまで。 あんなに寂しがりやだったのにな」


 「そりゃ、 小学生の時はそんなんやったけど……。 今もう高二やし」


  

「ふっ。 ひぃも高二か。 そうだよな、 俺が高二なんだから。 つーか何年振り?」


 たっちゃんが口角を緩めた横顔によって、 俺の中から好きが溢れてくる。 俺の疲弊し凝り固まった心に、 染みわたっていく。 温かい。 懐かしい感覚。

 

 「ああ。 えっと七、 八年ぶりくらいやない?」


 「そんなにかぁ。 じゃあもうヒカルって呼んだ方がいっか」


 たっちゃんが “ひぃ” と呼ぶ度に、 俺の体はフワフワした。

 

 「いや、 カエデとかミツルはひぃって呼んどるよ」


 「カエデとミツルかー。 懐かしー。 みんな元気? ケントもさ」


 たっちゃんの声音はどんどん明るくなるのに、 瞳は徐々に暗くなるのは何でだろう。 俺の思考が駆け巡る。 


 「うん。 今四人とも同じ高校に通ってる。 小中高とずっと一緒や。 田舎の高校なんて限られてるからなぁ。 部活も一緒やし。 たっちゃんは? 学校どんな感じなん?」 


 話題を変えようと思い、 たっちゃんに話を振ってみたものの、 たっちゃんは まあ普通かな、 と言ったきり黙った。

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