第18話 動き出した心
電車に揺られながらさっきまでの出来事を思い出していた。 この間の商店街とたっちゃんのママに会いに行ったことを。
俺はまずたっちゃんのママに会いに行った。 八時ごろに家を出て九時過ぎには着いていたが、 商店街はシャッターの灰色一色だった。
開店まではあと何分あるのだろう。 焦る気持ちが行き場をなくして、 走ってもないのに息切れがした。
商店街を端から端まで四往復ぐらいして、やっとシャッターを開ける音があちこちから響いてきた。 今度はシャッターの開いた店から順に覗きながら歩く。 二軒先でシャッターを上げる音がして、 掃き掃除を始めた女性がいた。 奥から女の子も出てきて女性にきゅっと抱きついた。 まだ幼稚園生か小学校低学年くらいに見えた。 見つけた。
「あの、 すみ、 すみません」
喉も舌も乾ききって上手くしゃべれない。 恥ずかしくて倒れそうだ。
「はい」
女性は下に向けていた顔をこちらに向けて、 にこりと笑った。 目のそれが、 まさにたっちゃんそのものだった。 懐かしい。
「すみません。 まだお店は準備中で、 十時には開けられるんですけど」
ぼんやりと立ち尽くす俺に、 たっちゃんのママは言った。 まだ近くにいた女の子も半分口を開けて俺の二言目を待っている。
「あの、 僕です。 汐留光です。 タツヤ君と昔同じ小学校で、 仲良くさせってもらってたんですけど」
たっちゃんのママはお客じゃないことが分かると、 怪訝そうに俺を見た。
「それで、 あの、 タツヤ君のお母さんに……」
と俺が言いかけると 「ちょっと、 待ってもらえますか?」とたっちゃんのママは俺の話を遮って、 女の子を奥の部屋へ連れて行き、 誰かに声を掛けて戻って来た。
「あっちで話してもらってもいいです?」
そう言って、 商店街の裏通りへ入って二人で近くのベンチに腰掛けた。 裏通りはパン屋の良い匂いとコーヒーの匂いが漂っていた。 表の商店街とは違い、 アーケードがない分日差しでとても明るかった。
「シオドメ、 ヒカル、 君…… 。 ひぃちゃん? ひぃちゃんやね?」
たっちゃんの顔が十歳も若返ったように明るくなる。
「あっはい。 そうです。 ひぃって呼ばれてて、 たっちゃんとはずっと仲良くしてもらって」
「そうかぁ。 えー。 そうかぁ。 もうこんなに大きいんやねぇ。 もう十七歳やもんねぇ」
懐かしさが溢れるまなざしで、 俺の頭の先からつま先までを優しく見つめて、 たっちゃんのママは言った。
「あの、 この前友達と商店街をたまたま通った時に、 たっちゃんのお母さんがお店にいるのが見えて。 で、 俺の母さんが和菓子屋さんの求人の写真にタツヤ君のお母さん載ってたでってこの前言ってたから、 ここやったんや、 と思って」
俺は何度も頭の中で繰り返し練習していた言葉を一気に吐き出した。 俺の手が小刻みに震えている。 呼吸も浅いらしく、 頭がクラクラしてきた。 ええと俺はなんでここにいるんだっけ……。
「あー。 あの時の写真かぁ。 なんや恥ずかしいなぁ。 たっちゃんのお母さん覚えててくれてたんやね。 お母さんやみんなも元気にしてる?」
「あっはい。 母は相変わらずパートで忙しそうですけど元気です。 家族も」
「ひぃちゃんはお姉ちゃんが居たんやっけ?」
「えっとそうです。 姉も元気です。 それはもう怖いくらいに」
「ははは。 仲ええね」
そう言って、 たっちゃんのママんが急に明るい声でこちらをのぞき込む。 目が本当にたっちゃんにそっくりだ。
「おばちゃん妊娠してたやろ? その時の子がさっきの女の子。 タツヤの妹になるんかな」
「あ、 さっきの?」
「そう。 うちの看板娘やからね。 朝から張り切ってるんよ。 ふふっ」
「可愛いですね。 たっちゃんとも似てるかも」
「そうかな……」
夕立を降らせる入道雲が日を遮ったように、 たっちゃんのママの表情が急に暗く曇った。
「たっちゃんとは、 会ったりしてるんですか?」
多分最悪なタイミングだとは思ったけれど、 もういいやと思って聞いてみる。
たっちゃんのママは、 小さく咳ばらいをして、 首を振った。
俺は落胆した。 会ってないという事は連絡を取ってないという事だろう。 たっちゃんが今どこで、 どう暮らしているかも知らないんだ。
「じゃあ、 たっちゃんが今どこに住んでるかとか分かりませんか?」
「タツヤはね、 あれから引っ越してなければ、 タツヤのお父さんの実家近くに住んでると思う。 引っ越す時に、 連絡が来たから」
「えっ。 それってどこですか? 教えてもらえますか? 俺たっちゃんにどうしても会いたいんです」
早朝の商店街に響き渡る俺の声が大きくて自分で驚いた。
「ちょっと待っててくれる?」
たっちゃんのママは小走りにお店の方へ戻って行った。
俺は自分が思うよりも、 たっちゃんに会う為に必死のようだった。
たっちゃんのママは、 白いメモ用紙に住所と最寄りの駅を書いて渡してくれた。 お土産に看板娘ちゃんからみたらし団子と草団子ももらった。
「どおぞ、ありがとおございますっ」
俺の手に白い紙袋を渡しながら、 小さな体を折り曲げて看板娘ちゃんはお辞儀をした。
「お名前、 聞いてもいい?」
俺は良いお兄さん面をして訪ねた。
「サクラ。 サクラだよ」
お団子みたいにふっくらと膨らんだ両頬が桜色に光っていた。 サクラちゃんか。
「サクラちゃん、 また買いに来るね。 お友達も連れて」
サクラちゃんと、 サクラちゃんのママに頭を下げて駅へ向かった。
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