第17話 サイカイ
僕は全く覚えていないと思っていたけれど、 僕の聴覚は覚えていた。 声と共に蘇る記憶。
たっちゃん家に遊びに行って、二人でプラスチック製のブロックで遊んでいた時、 お茶とお菓子を持って来てくれた。 まあるいお盆に乗った冷たい麦茶と水ようかん。 ふくらみが目立つようになってきたお腹を隠すようにカーディガンの前を合わせ、 部屋を後にする後ろ姿。
「ママーあとは片付けるから、 ええよ。 できるから」
多分ママの体調を心配して、 声を掛けるたっちゃんに 「いつもありがとうね。 ごめんね」 と答えていた。
家に帰って、 今日の出来事を反芻する。
映画にマックに商店街。 たっちゃんのママ……。
「あっ」
制服のままベッドに寝転がっていた体をバネのように縮ませて飛び起きた。 アレを思い出した。 ずっと引き出しの奥にしまっていたんだった。
随分長い事開けていなかった勉強机の引き出しを上から順にガタガタと開けていった。 一番下の引き出しの奥からあの缶が出てきた。 たっちゃんが引っ越す時にくれた缶。
「こんなもんだったっけ……」
あの時はもう少し大きくて岩のように重かった気がするのに、 今は手のひらにすっぽりと収まる。
「ふふっ」
思わず口角が上がる。 俺ってきちんと大きくなっているんだな。
少しさび付いた缶の蓋をグッと握って開けた。
「やっぱり」
貰った時のぼくには開けられなかった。 持った時に、中に沢山お金が入っていると分かったから。 だってこれは、 たっちゃんが一生懸命に赤ちゃんのために貯めていたものだと分かったから。
俺は、再び硬い蓋を閉めて机の上に置いた。
もう一つ、 その缶の奥からぺたんこになったタバコの箱も取り出して机の上に置いた。
ここにずっとしまってたんだよな。 ずっと蓋をして、開くことも忘れて。
今こうして開くことが出来て良かった。
八月に入ると、補修も終わり、朝から部活の毎日だった。休みはお盆の三日間だけだった。 俺には、その休みを使っやることがあった。
お盆休みの初日。
一人で電車に乗って、知らない街の景色をぼんやりと眺める。
隣の県なのにまるで遠い土地だ。 新幹線に乗れば小一時間で着くところを電車で乗り継いでいくので三時間はかかる。
山と田んぼを越えたと思ったら、 また山が現れる。 それを繰り返しているうちに、少しずつ建物や看板が増えてきた。
たっちゃんの住む町は、 俺たちの住む所より少しだけ建物が多くて、 賑やかな感じがした。 たっちゃんはこの風景のどこかに暮らしているんだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます