第16話 許してくれる心地よさ

 次の日は部活の練習があった。 


 バスケ部の部室に向かうと、 真っ先にケントが近寄って来た。

 

 「断ったで。 ちゃんと」


 と聞かれる前に俺の方から言ってやった。

 

 「マジで?」


 ケントは飼い主が愛犬に向けるような眼差しを向けつつ、 俺の頭を撫でまわした。 


 「ちょお、 なんなん? なんか気持ち悪いんやけど」


 「いや、 別に」


 ケントはお調子者だけどしっかりこちらの気持ちを推し量ってくれる。本当は昨日だって今だって、 俺にあれこれ聞きたいんだろうけど。 たっちゃんが引っ越す時もそうだったな。

 

 「なあ。 ケントはたっちゃんにあれから会った?」


 「え? 急に?? いや、 タツヤとは全然。 県外やしな」


 「まあ、 そうやんな。 でも、 今頃どうしてんのかなと思って。 ちょっと会いたいなって。 こないだ、 母さんがたっちゃんのママの話しててな」


 「ああ。 どうしてんのかなー。 元気ならええけどな」

 


 夏休みに入って、 普通科は受験に向けた補修と部活。 商業科は赤点者に向けた補修と部活の日々だった。 


 久々の部活休みの日、 みんなで映画を観に行った。 俺もハマっている少年漫画の実写映画が公開されたのだ。 ただ、 俺らの住むど田舎のたった一つの映画館では上映されず、 学校の最寄りの駅から六個も先の駅まで行って観に行った。 


 最初はみんな面倒くさいっていう雰囲気だったくせに、 久々に四人で電車に乗るとテンションも上がって、 騒がしかった。


最初に映画に行こうと言い出したのは、ミツルだった。


「一人で行ったら?」


「いや、 だって、 お前らやって好きやん? あの映画の漫画。 

みんなで行った方が楽しいやん? 

俺が観て良かったでーって言ったら、 じゃあ俺も行こかなってなるやん? 

そんならみんなで行ったら良かったやーんってなるやん? 

そしたらネタバレとか気にせず感想言い合えるし、 楽しいし、 ひと夏の思いで作れるし? 

もうみんなで行くしかないやん?」


とミツル。 


 ケントもカエデも俺も気づいてた。 毒舌ミツル君が本当は寂しがり屋だからみんなで行きたがっているって事。 


 「でも、 俺一人で観に行っても楽しいで?」


 「しかも、 めっちゃ映画館まで遠いやん。 俺そこまで観たいかって言われるとなー。 なぁヒカルもそこまでやんな?」


 みんな、 ミツルをからかっている。


 「はあー。 分かったわ。 別にええわ。 もうレンタルで我慢するわっ」


 とミツルが言い放つ。


 「ちょお、 レンタルって何か月先よ? そんなに一人が嫌なん?」


 と言ってケントが笑い転げた。 


 「そういうとこを女子に見せたらモテるのにな」


 と言ってカエデはニコニコしていた。 


 そして当日。 


 結果的に行く道中も映画もその後マックで食べながら映画の感想を言い合ったのも、 すごく楽しかった。 


 夏休みでもない限り土日はいつも練習だし、平日唯一の休みの水曜日はみんな家で遊ぶか遊ばずに家で寝てるかだったから、 本当に久々に遊んだって感じだった。 


 四人でマックを食べている時、 カエデが俺に尋ねた。

 

 「ひぃ、 この前の返事もうしたん?」


 「うん……。 断った」


 カエデは特に驚きもしない様子で落ち着いて質問を続ける。  


 「そうか。 他に気になる人おるん?」


 「いや……。 俺、 あんまり、 まだそういうのないんかな……。 おかしいよな。 小川は可愛いし、 いい子やのに。 もったいない事したんかなー」


 俺なりに明るく言ったつもりが、 最後の方の声が震えてしまう。


 「ええやん別に普通やろ。 好きになるタイミングも、 嫌いになるタイミングも人それぞれ。 そんな可愛い子に惚れられた自分に自信持ち」


 カエデの優しい言葉で、 心がほぐれていく気がした。 カエデのその気持ちが嬉しい。 


 俺は自分を好いてくれている小川に応えられないことが不甲斐なくて、 苦しくもあったんだ。

 

 でも、 最後に小川は笑顔で帰っていった。 あの笑顔に嘘はないと思う。

 

 カエデと俺の向かいの席で、 今日の映画の感想に盛り上がっていたケントとミツルもいつの間にか話を止めて、 俺たちの様子を見ていた。

 

 俺は恥ずかしくなって一気に血が顔面に上がってきて、 風呂上りみたいに真っ赤になった。 ケントとミツルにめちゃくちゃ笑われた。 もしかしたらミツルが映画に行こうって言いだしたのも、 僕のためかも知れない。 そう思うのはちょっとうぬぼれ過ぎか。 


 帰りは電車の時間がまだあったから、 近くの商店街のアーケードをぶらぶらしながら駅へ向かった。


 「あれ?」


 ケントが呟いた。

  

 「あの人……」


 ケントの目線の先には、 紙袋を受け取るおばあさんと挨拶する店員さんが居た。


 その時、 気づいたのは俺とケントだけだった。

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