第15話 キラキラでふわふわで

 小川からの告白から五日たった朝。

 

「帰りに、 この前の門のとこで待っとってくれん?」


 そう小川に伝えに行った。 


 ついに、封を切ったような気分だった。 


 ポップコーンがはじけだしたような気分でもあった。

 

 あの告白から、 俺の中の小さな感情たちが、 焦りや恥じらいや怒りや喜びと言う火に炙られて、 一つずつ弾けて、 弾け続けて、 もう胸はパンパンという感じ。 熱を持ったままの胸が痛い。

  

 俺はその弾けたポップコーンを一つずつ消化して、 自分の血肉にしていかなきゃあならないんだと思う。 その一つ目が小川への返事をすることだ。 


 放課後になって、 ケントに今日は部活を休むと言って教室を出た。 


 ケントは何か言いたそうだったけれど、 分かったとだけ言ってくれた。 


 こんなにも、 緊張するものなんだなと思う。 自分の正直な感情を誰かに伝えるのって。 自分から告白するのなんて、 これ以上の緊迫感なんだろうな。

 

 俺は、みんながざわつく放課後の喧騒の中を、 一人取り残されたように歩いて待ち合わせの門へ向かった。 心は重いのに足元は浮ついていて落ち着かない。

 

 俺が門につくと直ぐに小川も来てくれた。 自転車を押しながら小走りに近寄って。 


 「ごめん。遅くなって」


 「いや、全然」


 「こういう早く帰りたい時に限って先生に捕まって……。  めっちゃ時間かかっちゃった」


 「あー。 あるある」


 俺は二次元でしか見たことのないシチュエーションとセリフになんだかムズムズして、 自分に引いた。 


 この状況に溺れかかっている俺とは反対に、 小川は普通だった。 落ち着いていた。 そして不思議とこの前より魅力的に見えた。

 

 口元もきゅっと力が入っていなくて、 よく笑う。 豪快に笑う感じじゃなくて、 本当に可愛らしくころころと笑った。 その度に頬が桃色に艶めいて綺麗だった。

 

 いったい何を話していたか、 全く覚えていないんで申し訳ないけれど。 


 ようやく俺の息継ぎも安定してきたころ、 気づけばどこに向かっているのか訳の分からない道を、 二人で進んでいることに気が付いた。 しかも二人とも自転車に乗らず、押し歩きながらと言う不思議なシチュエーションで。 


 俺の心は一気に底に落ちていった。

 

 「そこの公園で、 ちょっと話する時間ある? ヒカル君が今日誘ってくれたんって、  この前の事よね……?」


 「うん。 時間あるって言うか、 俺が呼んだのに何も考えとらんでごめん……」


 二人で、 公園の入り口にある自販機で冷たい炭酸を買って、 日陰のベンチに腰かけた。


 真夏の昼間と言うこともあって、 公園には誰もいなかった。 


 このあたりの住宅街の子供たちのために一応設けられたような作りで、 小さな公園には、 ブランコとベンチと鉄棒しかなかった。 公園の隅に植えてあるうっそうと葉を茂らせた桜の木から、セミのけたたましい声が響いている。


 二人でベンチに座り、 俺は炭酸を、 飲んだ。

 

「あの俺。 あ、 小川がこの前に言ってくれた事の返事だけど。 あの、 俺は、 その」


 自分でもイラつくくらい、 まごまごしていた。 セミの声が頭の中で反響する。


「いいよ」


 小川は明るく聞こえる声で言い、 ベンチから跳ねるように立ち上がった。


 「ごめん、 俺。 でも嫌いじゃないし、 素敵だって思うよ。 今日だって笑った時、 可愛いなって思ってた」


 小川はびっくりした様子で振り向くと、 本当に可愛くにっこりと笑って言った。 


 「ごめんね。 私に合わせてこんな遠回りして歩いてくれて。 こんな暑いのに。 でも、 少しでも長く一緒にいられて良かった。 こんな風に一緒に歩けたらなって思ってたから。 だから、 今日はありがとう」


 言い終えると、 小川は丁寧にお辞儀をした。


 俺の方こそと急いで立ち上がると、 弾みで財布が落下し硬貨が砂の上に散らばっていった。 本当にうんざりするほど格好悪くて嫌になる。 

 

 「あはは。 めっちゃばら撒いてるやんかー」


 と小川が声を出して笑った。 俺もつられて笑っていた。

 

 二人で、 小銭を拾い、 また笑い、 そして帰ろっかと頷き合った。 


 小川を家の近くまで送って別れる時、小川が呟いた。

 

 「手、一回つないでいい?」


 俺は、 右手を出して小川の手をきゅっと握った。 


 小川の小さな手はひんやりとして、 ふわふわしていた。

 

 いったいいつ振りだろう、 人と手をつなぐなんて。 


 男子の手とは、違うんだなーと、 一人自転車をこぎながら、 暑さと空腹の中でぼんやりと考えていた。

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