第14話 ふつうとは
見上げた天井は真っ白で、 四方を囲むクリーム色の壁紙には何も飾られていない。 殺風景な部屋だ。
あれは、 誰の家やったっけ。
壁一面にアイドルグループのポスターが貼ってあって、 ほんまにこんな奴おるんやなーと思ったことがある。
一緒に来た他のやつらは、 この子がいいとかどうとか言っていたけれど、 俺にはポスターに写る子たちの違いが分からず、 話に入れなかった。 居心地悪かったのを覚えている。
クラスの女子も、 俺にはそんな風に見えている。
厳密にいえば名前も顔もきちんと覚えているから、 全く同じには見えていないけど、 どの子が特別可愛いとかは思ったことがない。
俺の心の奥の奥の部屋に真っ白な扉があって、 少しだけ誘うように開いている。
隙間に顔を寄せようとすると、 その隙間からぎろりと血走った眼玉の端が見えて、 いつもそこで 現実に引き戻される。
あの目は、いつも俺を蔑んでいる。
「お前、普通じゃねえよ」
って。
俺は時々、この気味の悪い妄想に襲われる。 俺はベッドに転がるクッションに抱きついた。
翌朝も、 姉ちゃんは相も変わらず洗面所を占拠していた。
姉ちゃん曰く、 俺は母さん似で可愛がられて、 自分はいっつも嫌だったことが原因らしい。 俺は華奢で丸顔で目も丸くって、 おまけに髪もサラサラ。
姉ちゃんは、 骨太で手足が長く、一重で面長顔。 俺はどちらかと言えば姉ちゃんになりたいよ。
「何? 使うの?」
うっかりぼーっと立っていたら、 鏡越しに眉なし姉ちゃんに睨まれた。
「いや……。 後で使うわ」
俺が女子に好意を持てないのは姉ちゃんのせいもあると思う。
学校の帰り道。
部活休みの日だったので、 久々にケントとミツルとカエデの幼馴染四人でマックに寄っていた。
そこで最大限の勇気を振り絞って、 小川なつみに告白されたことを相談してみた。
「はあ? マジで?」
とケント。
「良かったやん」
とミツル。
「おがわ、 なつみ……」
とカエデ。 カエデは絶対だれの事か分かっていない。
「俺、 小学校で同じクラスになったきり全然接点ないわ。 たまに見るけどさ。 同じ普通科でも理数系と文系じゃ絡みないんよなー」
高校に入学して俺とケントは商業科、 ミツルとカエデは普通科理数系に進んでいた。
小川なつみは普通科の文系だ。
俺は中学の時小川とは三年間クラスが一緒で、 高校に入ってからも自分のクラスの隣が文系のクラスになっていたので、 よく見かけていた。
「付き合っとるん?」
カエデが、 マックシェイクの最後をズゴゴゴゴゴっと飲み干しながら聞く。
「いや。 なんも答えてなくて。 そのまま帰ってしまって小川。 返事はいつでもいいって」
「つらっ。 ソレ相手は返事待ちで、 めっちゃメンタルやられるやつよ。 ひどいわ、 ひぃちゃん」
ミツルが、 のけぞりながら言い放つ。 いつも人の気にしてるとこ突くよな、 と内心イラっとしながら、 でも毎回本当の事だからぐうの音も出ない。
「付き合ったらいいやん」
黙ってポテトを食べていたケントが真顔で言った。
「小川のこと、 この前めっちゃ見てたやん。 可愛くなったよなーって話してたし、タイミング良すぎて驚いたわ。 ええやん」
「え、 何? 可愛くなってんの? 誰系?」
「ああー。 そうやな……」
そこからアイドルやら、モデルの話になり、 漫画の話になり、 アニメの話になっていつの間にか解散した。
結局、 あんまり話が進まなかったなと密かに落胆していると、 別れ際にカエデが
「ひぃが、 小川の事よく分からんのやったら、 一回二人で遊びに行ってみたら? そしたら振られるにしても、 小川も思い出できるし、 ひぃも付き合ってみようかなとか、 気持ちわかるかもしれんし」
俺だけに聞こえる声で話してくれた。
「ありがと。 そうやな。 デートか……。 したことないけど、 頑張ってみる。 でもカエデ。 小川さんの事思い出せてないやろ?」
俺は恥ずかしくなって、カエデを茶化すと、
「うん。 まったく思い出せん」
とストレートに返してきて笑った。
俺はカエデのアドバイスに深く納得しながらも、 俺にはハードル高すぎるー、 と速攻でゴミ箱ボタンをクリックしてしまった。
情けなくて、 自分でも嫌になる。
「なあ。 あれから、どうなったん?」
休憩時間に、 ケントと二人で廊下の窓枠に手を掛けながらぼうっとしていると、 ケントが訊いてきた。
「え?」
「いや、 小川なつみのこと。 もう付き合ってんの?」
「いや。 付き合ってない。 まだ、 返事してないし」
「ふーん。 気あるんかと思ってたけど」
「いや、 あれは……」
あれは、 邪念を振り払うためにそうしてただけで……。
邪念。
邪な思い。
そうなんだよな。 普通なら、 女子に告白されたってだけで、 もっと喜んでいいはずなんだよな。
「俺、 女子と付き合ってどうとか…… あんまり興味ない…… かな」
俺には小川だけでなく、 女子と付き合ってしたい欲求など、 なかった。
と言うか、 まだ自分の中でそういう感情が芽生えていないと言ったほうがいいかもしれない。
その感情にたどり着くまでには、 何か蓋や壁のような障害物が覆いかぶさっている気がしていた。
「じゃあ、 俺が小川と付き合っても、 何とも思わんの?」
ケントが力強くこちらを見た。 同時に休憩時間の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。
「いや、 普通にもったいないなって思っただけで」
ケントは顎を掻きながら、 教室へ戻って行った。
俺は小川が他の人と付き合っても何も思わないだろうし、 もったいない事したなとも思わないだろう。
ただ、他の人が一ノ瀬やたっちゃんなら違うかもしれないと思ってしまった。
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