第12話 どうかニュートラルな高校生に

 次の日の朝、 久々にたっちゃんに会った。 


 夢の中で。

 

 たっちゃんは僕の一歩前を行きながら、 いつもの笑顔で振り返る。 何かを話していたのだけど、 分からない。

 

 たっちゃんはいつの間にか走りだしていて、 俺は急いで追いかけようとするのだけど、 足がうまく回らない。 たっちゃんが差し出してくれた手を握ろうとしても、 なぜだか届かない。 


 何とももどかしい、 苛立ちの残る目覚めで朝から俺の機嫌は最悪だった。 


 一階へ降りると姉ちゃんは洗面所を占領していて、 母さんは台所で昼の弁当とばあちゃんのご飯を用意しながら朝ご飯を食べている。 


 「また、 顔洗えん……」


 声を抑えて言ったつもりだった。


 「なに?」


 眉毛が半分の姉に鏡越しに目が合う。 少々怖い。

 

 「顔……」


 「ああ、  ごめんごめん。 一瞬どけるわ。  はよ代わってな」


 毎朝これ。 


 ちなみに先に俺が使っている日は、 早めに退散しないとすんごくうるさい。 自分の部屋でやればいいのに、 鏡の位置とコンセントの位置が良くないらしく、 毎朝姉ちゃんに洗面所を占領される。 


 俺だって、 髪に気を使ったり洗顔したりしたいけど、 姉ちゃんのせいでそんな時間もない。 第一、 絶対茶化されるから嫌や。 


 今の俺は、 顔をバシャバシャ洗ってゴシゴシ拭いたら終わり。

 

 タオルから顔を覗かせた自分が鏡に映る。 つるんとしたあか抜けない顔。 


 もう高校生になろうってのに、 まだ小学生みたいに丸っこい輪郭に無駄にサラサラな黒髪。 背だけは多少伸びたけどな。 


 鏡を見つめながら、 俺より十五センチ背の高いイチノセを自分の横に写す。 厚みはないが広い肩幅、 太い首、 その上にある無表情。 不意にイチノセが笑顔で見つめ返してきたので慌てて目を逸らす。 おいおいおい。 


 そんな俺を横でヘアアイロンを当てながら見ていた姉ちゃんが、 訝しげに見つめる。 放っておいてくれ。 


 朝から自分の変な脳内に振り回されながら、 自転車をこいだ。

 

 校門に続く道を曲がると、 ぞろぞろと生徒が自転車や、 徒歩で登校している。 風にたなびくスカートの裾や、 髪の毛先、 覗く首筋。 可愛いよなと思う。

 

 生徒がそぞろ歩いて行く中を、 俺は自転車で追い抜いていく。 もう日差しは熱を増して、 降り注いでいる。 夏が近づくにつれて、 鼓動が早くなるような高揚感。 でもそれを妨げるかのようにまとわりついてくるじっとりとした湿度が、 高まる気持ちにブレーキを掛ける。

 

 「はよ」


 意識が現実に引っ張り戻される。


 「おはよ」


 反射的に朝の挨拶を口にしながら右を向くと、 イチノセがいた。 


 俺の心臓は、 太鼓のバチで叩かれるようにドッと鳴った。 


 ああ、 最悪だ。 俺の脳みそは今朝の夢と洗面所での幻覚で狂っている。

 

 結局その日は一日中、 隙を見て出てくる夢と幻覚を殴り倒しながら過ごした。 


 時に、 斜め向かいの女子のうなじを見てお落ち着き。 廊下を歩くふととモモを眺め、 お尻のラインを盗み見ては自分をニュートラルな男子高校生の精神に戻していった。

 

 もう今日一日で変態と思われた…… かもしれない。 


 「今日、 お前めっちゃみてたなー」


 放課後の部活終わり、 ケントに小突かれた。 ああ、 もう遅かったか。

 

「小川、 可愛くなったよなあ。 まじで」


 小川ナツミは、 小学校からの同級生だった。 


 小学校の時は、あんまり思ったこともなかってけれど、 中学三年生頃からぐっと体つきが大人っぽくなって、 高校では髪も伸ばして綺麗だった。 

男子の中で小川となら付き合ってもいいかな、 と話に上がることもあった。 自分から告白する勇気のあるやつはいないけれど。 同じ学年だと、 振られた時の傷は深い。  


 今日見ていた斜め向かいの女子が、 小川ナツミだった。 


 あの日、 たっちゃんに花火に行こうと誘っていた女子三人の中の一人でもあった。


 二学期入ったある時噂が立った。 小川がたっちゃんの事を好きだって。

 

 あの時、 ケントが茶化して小川に詰め寄ったせいで、 小川を泣かせてしまってクラスで騒ぎになったんだっけ。

 

 あの時のたっちゃんの顔を今でも覚えている。 嬉しいような困っているような顔。 


 喜べばいいのにって思ってた。 俺は知ってたから。 たっちゃんが、 ずっと小川の事を目の端で、 心の隅で気にしていたこと。

 

 今の小川を観見たら、 たっちゃんはどう思うのかな。



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