第10話 第二章 新しい夏
汗臭い。 暑苦しい。 黒い頭ばかり並んだこの部屋から早く出たかった。
俺はいつものように、 誰よりも早く体操服から制服に着替え、 一人更衣室を飛び出した。
廊下に出て深呼吸する。 まだ心臓がドキドキする。
二階の窓から見える桜の木の葉は濃さを増して、 もう夏が来ることを伝えていた。 その葉にあたる日差しは、 鋭さを感じるほど眩しく、 もうすぐ来る梅雨など感じさせないほどの燦燦とした輝きだった。
「ヒカル。 お前、 いっつも早すぎやろ」
体操服の袋を肩に担ぐようにして、 ケントが出てきた。 それから、ぞろぞろと出てきた同じクラスの男子たちと教室に戻る。
廊下を挟んで隣にある女子更衣室からは、 賑やかな声が聞こえる。 女子はまだ誰も出てくる様子はなかった。
「あーあ。高校の体育で水泳ないとか、 ほんまナイわー」
ケントが大きな声ぼやく
。
「お前、 そういう事大声で言う?」
イチノセが呆れるように突っ込んだ。
「え? イチノセ君。 何が問題なんですか」
とぼけた調子で答えるケント。
「お前な。 いつか女子に殴られるで」
口の端を少し上げながらイチノセが言った。
他の男子はみんな笑って聞きながら、 二階の長い廊下を歩いていた。
イチノセとケントは、 クラスの雰囲気を盛り上げてくれる気のいい奴らで、 二人の周りにはよく人が集まった。
ケントとは小学校も一緒なので、 僕もそのグループによく入っていた。
ケントは、 高校生になってからも変わらずお調子者で、 明るい奴。
イチノセは、 ケントに合わせてよく突っ込み役をやっている。 二人は仲も良く、 テンポよく話すので、 聞いているだけでいつも楽しい。
他のメンバーはその時々で入れ代わり立ち代わりと言う感じでつるんでいた。 僕もその入れ代わりメンバーで、下校時間が合えば一緒に帰ったり、 休憩時間にゲームの話で盛り上がったりしていた。
僕は高校生になると、 ケントと一緒にバスケ部に入った。 中学生の時に体育でやったバスケが楽しかったし、 隣のクラスのミツルやカエデも入ると言っていたので、 流れで入っただけだったが、 想像以上に大変で、 直ぐに心が折れそうだった。
入部して間もない頃、 毎日校舎の周りを走っていると、 サッカー部が運動場で練習の準備をしているのが目に入った。 準備が終わると、 先輩たちがシュート練習をし、 そのボールを新入部員が回収しているようだった。
回収したボールをひと際綺麗にパスを返す人が居た。 顔はよく見えなかったが、 背も高く他の一年生より、 少しあか抜けて見えた。
数日が経って、 それが同じクラスのイチノセだったと知った。
近くで見ると、日焼けした顔にまんまるとした白目と黒目がぱちくりとして、 柴犬みたいだと思った。
いかにも女子好みの顔立ちだったので、 クラスの女子も色めき立っていたが、 一学期も終わりに近づくころには、 矛先が先輩や、アイドルなどと手の届かない存在に向けられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます