第9話 僕の言葉を贈りたい

 たっちゃんからお母さんがいなくなったと聞いてから、 僕もたっちゃんもそういう話を避けるようになった。 家族の話とか。 段々と家での話や昨日の晩ご飯の話までしにくくなってきて、 たっちゃんを家に呼ぶのも何か気を使ってしまって、 今では二人の距離は遠くなっていた。 僕との会話が遠のいても、 ケントやほかの男子たちとは今まで通り遊んでいるらしかった。 それはなんだか寂しかったし、 悲しかったけれど、 安心もしていた。 



 二学期最後の日。 たっちゃん最後の登校日。 午前授業で集団下校だった。 男子数人で寄り道をして神社に行っていると、 女子から寄り道ダメなのにとブツクサ言われた。   


 神社に着くとカサカサと乾燥した音ばかりで、 寂しさのたまり場みたいに思えた。 


 みんなは長期休みに入ったわくわくと、 年末年始と言うビックイベントで気持ちが浮ついている。 クリスマスプレゼントは発売されたばかりのゲームにするとか、 お年玉は貯金するとか話していた。


 「おれは欲しいもんいっぱいあるからなー。 ゲームとプラモと漫画と……」


 たっちゃんがそう言うとみんな笑っていた。


 「タツヤ、 また遊ぼうな」


 「おれんち泊まり来てもええからな」


 それぞれたっちゃんに声を掛けて通学路に戻って行った。

 

 「たっちゃん、 元気でな。 また遊ぼう」


 と僕も言ってみた。 やっとのことで絞り出した言葉だったけれど、 他人の言葉のように聞こえた。 


 「うん。 じゃあな」


 とみんなに同じように返事をして、 いつもの足取りで帰って行った。


 家に帰ると、いつものように母さんがお昼ご飯を作って、 台所の机に置いてくれていた。 ランドセルと手提げかばんをテーブルの脇に置いて手を洗って、 ばあちゃんの分のチャーハンも持って襖の前に立った。


 「ばあちゃん。 ごはーん」


 「はいはい。 ひぃちゃんおかえり」


 ばあちゃんが襖を開けてくれる。 線香の匂いが落ち着かない感情をいつもの僕に戻してくれる。 それからばあちゃんと一緒にチャーハンを食べて、 冬休みの宿題やら通知表やらの話をして、 僕は二階に引っ込んだ。



 その日の夜は早めに布団に入った。 まだ電気を消して一人で寝るのは苦手だけれど、 布団に頭まで潜ってしまえば怖くない。 この技はたっちゃんが教えてくれた。


 多分明日には引っ越すと言っていたはず。 年末年始の混雑を避けて、 終業式の次の日には行くと言っていたから。 


たっちゃんはどうしているのかな。 同じように布団にくるまって寝ているのかな。 寂しくて不安なのは僕だけなのかな。



 なかなか寝付けなかった僕は、 次の日盛大に寝坊をした。 目を覚ましたのは午前十時前だった。 なんてことだ。 


 僕は寝ぼけた脳みそで取り敢えず服を着替え、 床に投げたままになっていたダウンを羽織って、 たっちゃん家に走った。


 僕は自転車も使わずに猛ダッシュで久しぶりの道を走る。 師走の冬の空は灰色の雲が広がっていて朝なのに薄暗い。  現実が夢の世界のように見えてくる。 実際さっきまで夢の中だった僕には、 本当に夢の中で走っているようにも思えて怖かった。 間に合ってほしかった。 最後の角を曲がってたっちゃんちの玄関が見えたところで、 何をしに来たんだっけ? と思う自分もいたが気付いた時にはインターホンは鳴り響いていた。


 「ひぃ。 どしたん」


 「たっちゃん。 良かった。 もう、 いなかったらどうしようって。 あの……」


 「ちょっと、 待っとって」


 たっちゃんが奥に消え、 何かを抱えて戻って来た。

 

「これ。 持っとっても意味ないし。 ひぃにあげる。 使って」


 渡されたのは、 ずっしりと重いクッキーとかチョコの缶だった。

 

 「え? これってあれやん。 大事なやつやん。 だって……」


 「ええんやって。 もう渡すことなさそうやし。 でも、 おれ何となく使えんくて。 捨てるなんて出来んし。 だからおれからのクリスマスプレゼントや」


 「たっちゃん」


 じゃあな、 と言ってたっちゃんが玄関を閉めようとする。


 「たっちゃん。 また絶対会おうな。 元気でな」


 昨日と大して変わらない言葉だったけれど、 今度は僕の言葉だった。


 「うん。 ありがとうな。 ひぃもがんばってな」


 ニコッと笑ってたっちゃんは玄関の奥に消えていった。


 僕はたっちゃんからのプレゼントを持って、 ゆっくりと家に帰った。 まだ朝ご飯も食べてなかったことを思い出すと急にお腹が減ってきた。 空を見上げると薄い雲の中で、 太陽の光がうっすらとこちらに届いている気がした。 優しい温かさを感じた帰り道だった。 



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