第8話 悲しみに濡れる石

 それからは、いつものような夏休みだった。 毎日暑くて 、友達と遊んで、 夏休みのドリルも自由課題も頑張った。 そうして僕たちを 遠目に見ながら、 夏は瞬く間に過ぎて去って行った。


気づけば、肌寒い風が首筋を抜けていく季節になった。 そのころだった。 たっちゃんのお母さんがいなくなったのは。 


 一度たっちゃんに、 「うちの母さんが赤ちゃん用のベッド、お下がりだけど要るか聞いてやって」 とたっちゃんに話した時があった。 その時のたっちゃんの引きつった顔は忘れられない。 


  それをきっかけに僕からその話はしなかったし、 母さんにはベッドは要らんと思うと言ってお終いにした。 たっちゃんがたっちゃんのママの事を話してくれたのはしばらくたってからだった。 


 夕暮れ時。 たっちゃんと二人で神社に来ていた。 頭上を通り過ぎていくカラスの鳴き声が、 境内の木々にこだましている。 夕方になると寒くて手が少しかじかんでくるほどだ。


 「ママ引っ越すんやって。 父さんが言ってた。 これからは父さんとオレと二人暮らしやって」


 階段に座っていたたっちゃんが立ち上がる勢いに任せるように言った。 僕の中で驚きと、 納得している気持ちがごちゃ混ぜになる。 たっちゃんは僕に背を向けていて表情が分からない。


 「赤ちゃんのために、 病院に入院するとか…… そういう事?」 


 僕は言葉を選びながら訪ねた。 砂利道につま先を突っ込んで、 ざっざっと石を蹴っていたたっちゃんが一層強く砂利を蹴った。


 「多分違う。 でもまた帰ってくる」


 僕が考えていたよりも、 ずっと悲しいことが起きているみたいだなと思った。 階段に座っていた体を起こして、 自分も砂利を蹴りながら言った。

 

 「帰って来るやろ。 たっちゃんの妹か弟も一緒になっ」


 「うん」


 「あれやん? うちの父さんと母さんもたまにけんかしてさ、 父さんなんか車でバーッてどっか行ってまうこともあるし。 でも晩御飯には帰ってくるで。 たっちゃんの母さんもすぐ帰ってくるよ」


 たっちゃんは足元をじっと見つめていた。 まるで砂利の中の間違い探しをしているように。 するとその石粒の一つが濡れて濃い灰色に染まった。 ポタン、 ポタンとその染みは広がっていって、 僕にはどうやってそれを止めたらいいのか分からなかった。 


 ふと階段を見ると、 じいちゃんの葬式があった日の僕が座っていて、 それをじっと見降ろす姉ちゃんが見えたような気がした。 うずくまる僕に姉ちゃんは何を言ってくれたんだっけ。 そうだ、 帰るよって言ってくれたんだ。 でもたっちゃんの家には、 今誰かいるのかな。 お父さんは仕事だろうな。 僕とたっちゃんは寒さも忘れて神社の砂利道にずっと立ち尽くしていた。 



 「なんであんな寒い中、 暗くなるまでおったんよ。 もう。 今日は一日布団にもぐっときなさい。 ゲームもダメや」


 次の日の朝、 昨日の寒さがあたって僕は熱を出した。 


僕は、こんなマンガみたいな風邪の引き方って本当にあるんだななどと考えていた。 

 昨日は姉ちゃんが神社まで迎えに来てくれた。 もう暗いからと姉ちゃんと二人でたっちゃんを家まで送って、 それから家に帰って僕は母さんに怒られた。 


 たっちゃん家にはお父さんがいた。 久々に見たたっちゃんのお父さんは、 笑った顔がたっちゃんにそっくりで優しそうだった。 家の奥からはカレーのおいしそうな匂いが漂ってきて、 僕は不思議とほっとした。 たっちゃんのママは見えなかったけれど。 


 そのうち季節は冬になり、 たっちゃんは二学期いっぱいで転校することになった。 お父さんの仕事が急に変わったという理由で。 冬休み中に隣の県に引っ越すという事だった。 



 

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