第7話 だから心からおめでとう

 不意に、家の玄関の戸をカラカラと開ける音がした。

 

 「こんにちはー。 勝己です。 ヒカル君いますかー」


 僕は飛ぶように部屋を出て、 滑るように階段を下りた。 


 「たっちゃん」


 「おお、 ひぃ。 大丈夫か。 今日遊べる?」


 たっちゃんはいつもより少し強張った表情で戸の前に立っていた。 


 「うん。 遊べる」


 僕がニコッと笑うと、 たっちゃんの頬っぺたがプクッと盛り上がって、ニコッとなった。 


 僕はばあちゃんにたっちゃんと遊んでくること、 昼には帰ることを伝えて家を出た。 


 たっちゃんと会うのはいつ振りだろう。 一週間もたっていないけれど懐かしい気さえしてくる。 大げさだけど僕はそれだけ嬉しかった。



 神社が見えてくると同時にセミの大合唱も二倍の大音量になった。 鳥居の横に寄せて自転車を置き、 境内まで競争して走った。 息を整えてパンパンと手を叩き、 いつものように神様へ挨拶をする。 


 二人で階段に座り込み、 来る途中の自販機で買ったジュースを飲みながらポツリポツリと話した。


 最初は宿題の事とか、 いつの間にか終わってしまっていたお祭りの事(たっちゃんも行かなかったらしい)、 それからじいちゃんが亡くなった事も。


 「ひぃのじいさん、 いっつも会った時に俺の頭をガシガシって撫でてくれたやろ。 俺あれ好きなんや」 


 「うん。 僕にもやってくれとったな。 時々痛いくらいやったわ」


 「ほんまよな」


 と二人で言って笑った。 僕はこっそり泣きそうな気持を喉の奥にぐっと力を入れて我慢していた。 


「それでさ、 こんな時に話すのも何なんやけど……」


 たっちゃんが迷っているような、 困ったように話し出した。 足を伸ばしたり曲げたり、 頭の後ろを掻いたりしてもぞもぞしている。

 

 「たっちゃん、 おかしいよ」


 僕は、喉元まで来ていた涙も忘れてお腹を抱えて笑った。

 

 「あ、 え? 俺なんかおかしいか?」


 本人が気付いていないところがますますおかしくてたまらない。 たっちゃんが嫌な気にならないうちに、 僕は笑いを引っ込めて 


 「なになに。 何の話だった? 」


 と聞いた。


 「あ? ああ。 あのな、 ママにな、 赤ちゃんできたんだって」


 僕は握っていたジュースをこぼしそうな勢いで立ち上がった。


 「すごいやん!。 たっちゃんお兄ちゃんになるんや! すごい! たっちゃんずっと弟か妹欲しいって言ってたやん」


 驚いたように見上げて、 たっちゃんが、 お、 おう。 と頷いた。 


 亡くなった命と生まれる命。 次に生まれ来る命も、 あんな風に抜け殻になってしまうのかな、 なんて考えがよぎって、 申し訳ない気持ちになった。 

 それでも、 心からおめでとうと思った、そんな日だった。


 

 

 

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