第6話 怖いから欲しくて
バタついていた家の中も落ち着き、 気付けばもう八月に入っていた。
まだ宿題もたくさんあるし全然遊んでないのに、 もう八月って何だよ。
床にごろんと寝転がり両足をベッドに乗せ、 天井を見上げる。来ているタンクトップの背中が汗で床と引っ付いてくる。
「ああーーー」
意味も無く声を出してみる。 本当はやらなきゃいけない宿題があるし、 暑いから冷房の効いているばあちゃんの部屋にも行きたいんだけれど、 気持ちが体を動かすほどの熱量を持ってないみたい。 面倒くさくてしょうがない。
父さんは仕事へ行った。 母さんもパートに行っている。 姉ちゃんは相変わらず部屋に籠っている。 ばあちゃんはどうしているだろう。 そう言えば葬儀の後からあの部屋には入っていなかった。 僕は心配になって一階へ降りてみた。
「ばあちゃん」
襖の前で小さく声を掛けた。
ばあちゃんの返事はなく、 ふすまを開けるとばあちゃんは座布団に座ってウトウトしていた。
「ああ。 ひぃちゃん。 ばあちゃんちょっと寝てた」
「いやいいよ。 起こしてごめん。 僕の部屋冷房ないけん、 ばあちゃんとこ涼しいから」
「はよお入り」
ばあちゃんは、 顔をシワシワさせて笑った。
そうっと襖を開けて部屋に入る。 涼しい。 背中の汗が一気に冷えてひんやりする。
じいちゃんがいつも寝ていた所には、 今は何もなかった。 物足りないような気もするし、 前からこんな感じだった気もする。
明らかに違っていいはずなのに、 あまり違いを感じないなんて。
ばあちゃんはいつものように眼鏡を少しずらした格好で本を読みだした。 その本は、もう料理の本じゃなかった。
変わらない毎日。
大きなことが変わったのに。
僕もあの日大泣きした日から泣いていなかった。 普通の生活に戻っていく。
「ばあちゃん。 じいちゃんのなんかあるかな。 使ってたものとか」
「はあ。 じいさんの物って、 服とかならあるけど。 どしたん」
「いや、 なんも。 あれや、 カタミとかって言うやん。 それ欲しいなって」
「ああ、 それやったら、 タバコのあれがあるよ」
ばあちゃんはゆっくり立ち上がって、 タンスの一番上の引き出しから、 じいちゃんのライターを出してくれた。 何の変哲もない、 水色の百円ライター。
「あら、 でもひいちゃんには危ないからこっちにしとこか。 火は危ないからね」
と言ってたばこの箱を渡してくれた。
中を覗くと一本残っていた。 微かにじいちゃんの匂いがした。
「うん。 ばあちゃん僕これにするわ。 カタミ」
僕はドキドキしていた。 だってたばこは大人の物だし、 きっと母さんや姉ちゃんに見つかったら、 なんか言われるだろう。 なんか悪いことをしているみたいで緊張する。
僕は急いで自分の部屋に戻って、 一番下の引き出しの奥の奥の方に置いた。 ハンカチにくるんでから。
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