事故物件予定〔賃貸アパートホラー〕
賃貸アパートの入居契約をしている時──担当の男性が小声で妙なコトを言った。
「実はこの物件は……『事故物件予定』なんですよ」
オレは、怪訝な表情で担当男性を見る。
「事故物件なんですか……それを先に言ってもらわないと、契約取り消せますか?」
「いいえ、今は事故物件ではありません……でも、近い将来事故物件の部屋に変わるんです」
オレにカップベンダーのコーヒーを差し出して、男性は言った。
「信じてはもらえないかも知れませんが、わたし未来が見えるんです……自分が担当している物件の未来だけですが……先日も数年前に入居をして火災を発生させた方もいました、そのお客さんが賃貸契約をしている最中に燃え盛る全焼アパートが見えて……契約直後に、すぐに火災対応の保険処置をしましたので。損害はありませんでした……わたしには、未来に起こる出来事を変える力はありませんので」
男性は少し、沈んだ笑みを浮かべながら言った。
「若い男女に貸した部屋で数年後に生まれた子供が、たとえ幼児虐待されて死亡する事件が発生するとわかっていても……どうするコトもできません、せめて幼児の腐った体液で染みになった床を、張り替える腕がいい業者を確保しておくくらいしか……どうしますか? 賃貸契約解約しますか? 今ならまだ解約料は発生しませんが」
オレは、まだ事故物件になっていない部屋を、借りるコトにした。
借りた部屋は駅からも、そこそこに近く。
なかなか、いい部屋だった日当たりも悪くない。
「なんだ、借り得の物件じゃないか……事故物件予定だなんて。あんな、変な話しをお客にしているから借り手がいないのかな?」
部屋に住んで数ヶ月、彼女ができた──彼女は
部屋の窓を開けて外を見ながら彼女が言った。
「小さな公園があって、桜の樹が植えられている……あそこで、春になったらお花見できるね」
「そうだな」
だが、彼女の花見を一緒にしたいという望みは叶わなかった。
次第に彼女との仲は悪くなった。最初は些細な小さな行き違いだったのかも知れない……それが、転がる雪玉に土がついて汚れて大きくなるように。
徐々に険悪な関係に変わってきて……ある日、オレと彼女の感情は爆発した。
「殺してやる!」
逆上した彼女が台所から包丁を握って、オレに向かってきた。
刺される前に抵抗して、床に倒した彼女の手から包丁が離れる。
彼女と同様に逆上していたオレは、馬乗りになって彼女の首を手でグイグイと力を込めて絞める。
「ぐっ……ぐぅ」
恐ろしい形相で首を絞められている彼女は、手足をバタバタさせて抵抗して床を蠢き、手から離れた包丁をつかむと。
オレの脇腹に突き刺した。刺された激痛からオレはさらに彼女に対する憎しみを増大させて。
首を絞めている手に力を込める。
何回も包丁の刃が突き刺さる横腹から背中。
彼女の顔から血の気が消え、唇が紫色になると彼女の動きが止まって……彼女は絶命した。
刺されたオレも大量の血が流れ、次第に意識が遠のいていく。
死んだ彼女にかぶさるような形で視界が暗くなり、消えていく意識の中……オレは。
(そうか、オレがこの部屋を事故物件に変えちまったのか)
そう、思いながら死んだ。
警察の現場検証も終わり、数週間後──オレと彼女の遺体が部屋から持ち出され、オレと彼女の意識だけが残る部屋のドアを合鍵で開けて。
オレが賃貸契約をした店舗の担当男性が部屋に入ってきて、青いビニールシートが敷かれた床を見て呟いた。
「やっぱり、こうなってしまいましたか……事故物件の床を張り替えないといけませんね」
男性は部屋の窓を開けて、よどんだ空気を少し入れ換えてから窓を閉めて言った。
「この部屋から花見ができますね」
男性は部屋から出ていく際に、オレと彼女が立つ場所をチラッと見てからドアに鍵をかけた。
横に立つ幽霊の彼女が、オレの手を握りしめて言った。
「ごめんね、あたしが悪かった……こんなコトになるなんて」
首を横に振るオレ。
「オレの方こそ……ついカッとなって殺してしまって悪かった」
地縛霊になってしまったオレと彼女は、この事故物件の部屋から出られない。
せめて、上下左右の部屋の壁をすり抜けて、顔や上半身を覗かせる程度の移動しかできない。
彼女が、窓の方を見て言った。
「お花見できるかな? 幽霊でも」
「どうかな」
脱げない血だらけの服を着たオレは、首に絞殺された指の跡が残る顔色が悪い彼女の手を、事故物件の部屋で握りしめた。
~おわり~
【説明】
事故物件も最初から事故物件だった場合は少ない。
住居者の行動で部屋の空気がよどみ、事故物件となる。
事故物件に住んでいる、幽霊にとっては賃貸料を払う必要が無くなった部屋は、理想的な居場所になるコトだろう。
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