殺人胎児〔妊娠ホラー〕

 殺人事件のニュースが連日報道されるコトが日常化して、殺人に対する人々の感覚が麻痺マヒをした『殺人がトレンドのひとつ』となってしまった、そんな世界。


 一人の未婚の女がアパートの一室で、下腹部を撫でながら憂鬱ユウウツな表情でビールを呑んでいた。

 かなり酔いが回っている様子で、時おりテレビ番組のお笑い芸人に悪態を漏らしていた。


「くだらねぇコトを言ってんじゃねぇよ……コンビ解散しちまぇ! 笑えねぇよ、ユーチュバーの方がおまえらより数倍面白い」

 二缶目のビールのプルトップを開けて、サキイカを食べながらビールを飲んでいる女は妊娠をしていた。

 酔った勢いでの見知らぬ男とのホテル──その結果の望まない妊娠。


 堕胎する機会を逃した女の腹の胎児は、もう堕せない段階に成長していた。

 膨れて赤い妊娠線が、浮かび上がった下腹部を、乱暴にさすりながら胎児に向かって毒づく女。

「うざってぃんだよ、おまえなんか生まれてくるな……汚物が」


 女は我が子に、まったく愛情らしき感情を持ち合わせていなかった。

 望まない妊娠。

 連絡先も、わからない男。

「ちっ、どこに住んでいるのかわからない男だから……ガキを認知してもらって養育費も、もらえねぇな……ドジった」


 女は広げた、新聞に目を通す。一面に掲載されている『殺人事件の記事』

 人が人を平気で殺す世界。人の命が軽くなった時代。

 冷めた恋人の憎悪殺人。

 保険金を狙った金銭欲殺人。

 嫉妬した夫婦の、口論となった家族間の、知人が同級生が、海外からの労働者が、短絡的に見知らぬ者が気に入らなかったり、交差点でのトラブルでも殺人事件は起こった。


 金銭を狙った強盗殺人。

 人を殺してみたかっただけの快楽殺人。

 怨恨の放火殺人。

 往来での無差別殺人。


 男も女も、老人も子供も、富める者も貧しい者も……さまざまな理由で殺人や自殺が連日、報道される世界。


 最近ではニュースで「本日の殺害者数は、先週の同じ曜日を上回り、過去最多に……」と報道されていた。


 テレビのスイッチを切った女は、うっとおしいそうに膨れた腹を見て呟く。

「おまえなんか、生まれてくるな」

 その言葉が終わった次の瞬間、子宮の中で羊水に浮かぶ胎児が動いて、女の腹を強く蹴った。

「蹴りやがったな……クソガキ!」


 子宮内の胎児が連続して母親の腹を内側から蹴る──強めに。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ。


「いてえっ、蹴るんじゃねぇ! 腐った汚物が!」

 さらに強く激しく、女腹を蹴る胎児、まるで女の腹を蹴り破ろうとしているかのように。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ……ドンッ、ドンッ、ドンッ。

 激痛に腹を押さえて床を、のたうち転げ回る女。

「やめろうっ! 蹴るなぁ!」


 ドンッ! ついに女の羊膜が破れ破水して、赤く濁った羊水が女の内股を血に染める。

 痛みに顔を歪める女。

「ぐっ!? ぐぉ! あぁぁぁぁっ」

 腹から血を流して、恐怖の形相で女は……死んだ。

 母子ともに死亡した遺体が発見されたのは、女の部屋から漂ってくる夏場の異臭に隣人が警察に通報をした。

 数週間が経過してからだった。


  ~おわり~



【説明】お腹の胎児は『母親殺し』をしたのか、それとも『自殺』をしたのか? それは誰にもわからない。

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