ノイズ・フェルターキャンセリング 〔医療治療ホラー〕

 その少女は、精神が少し病んでいた。

 日常周辺を取り巻く、ストレス環境。ソーシャルネットワーク内の誹謗中傷、日常見聞きする悪言暴言、ネットの炎上、流布する数々のフェイク、不透明すぎる不安要素が多い未来。


 繊細な少女は、寸先の未来にも希望を見出すコトができなくなっていた。

 精神科の医院に通院を続けていた少女が、担当医に悩みを打ち明ける。

 

「未来にまったく希望が持てなくて、何もやる気が起きません……不安で心が沈む毎日です、嫌なコトが気にしないようにしようと思っても、目や耳に飛び込んできてしまって……嫌なコトが見えなくなって、嫌なコトが聞こえなくなる方法はありませんか?」


 腕組みをして少し考えた医師が、VRゴーグルとヘッドフォンを組み合わせたような、器機を取り出して少女に渡して言った。

「大学の後輩が開発してモニターを頼まれていた『ノイズ・フェルター・キャンセリング』という機械の試作品です……これを装着すれば、自分にとっても見聞きしたくない情報を遮断するコトができます……どうですか、モニターしてみますか?」

 少女は、モニターになるコトを承諾した。


 頭に器機を装着した少女に医師が、使用注意を与えた。

「フェルターレベルは、初級設定レベルでお願いします。まだ開発途中の試作品ですから、それ以上はダイヤルを回さないように」


 装着をした日から、病んでいた少女の日常は一変した。今まで目に入ったり耳に届いていた少女にとって嫌悪する不快な情報は一切、遮断されて入ってこなくなった。


 嫌な事柄は白紙となって見えない、嫌な言葉らは無音になって聞こえない。

(なんて、素敵な世界……嫌なコトを除いた世界が、こんなに素晴らしいなんて)

 人が死亡するニュースはフェルターされて、少女の目と耳には入ってはこなかった。

 

 しかし……やがて、少女に新たな不安が訪れた。

 笑顔で会話をしている人の声が、断片で遮断され何を言っているのか、わからなくなってきた。


 書籍や映像も白紙や空白のモノが増えて、少女は疎外感を覚えた。

 でも、少女は『ノイズ・フェルター・キャンセリング』を外す勇気は無かった。

(元の世界にもどるのはイヤ、怖い!)


 精神が錯乱した少女は、耐えきれずに発作的にダイヤルを回す。

 人間の顔が真っ白になり、声も無音に変わり何を言っているのかわからなくなった。

 必要な情報さえも無くなった世界。

 すべてが白紙と空白の中に少女は一人でいた。



 数ヶ月後──医師と数名による『ノイズ・フェルター・キャンセリング』の回収が行われた。

 数名の医療関係者の男女が、抵抗する少女の体を押さえつける。

 医師が言った。

「『ノイズ・フェルター・キャンセリング』に致命的な欠陥が発見された……迂闊うかつだった、もっと早い段階で使用を中止させるべきだった」


 医師の言葉は少女の耳には、嫌な言葉として届いていなかった。

 少女は、ワケもわからずに体を押さえつけられ、頭部の器機を外されるコトに恐怖を覚えて絶叫する。

「いやぁぁぁぁ! やめてぇぇぇ! 外の世界はイヤっ!」

 数ヶ月に渡って装着され続けた器機が、頭から外された瞬間──少女は。

「あっあぁ」

 と、まるで憑き物が落ちたような声を漏らし……そして、少女は……。


  ~おわり~


【説明】嫌なコト、醜いコトが見聞きできなければ、この世は確かに良い世界に違いない…… 目を閉じて、耳を塞いで生きていければ。

 嫌なコトのストレスから逃げ続けた、その先に待っている世界はいったい?


 ちなみに、このストーリーには決まったラストを作りませんでした。

 少女は「発狂した」「壊れた」「廃人になった」「自殺した」「殺人を犯した」etc

 読者のあなたが、少女の未来を決めてください。

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