写実な絵〔ホラー〕

 その小学生の、男の子は片目が生まれながらに失明していた。

 失明している方の目の色は、オパールのような色をしていたが、全盲ではないので、男の子の日常生活には支障は無かった。


 そんなある日──男の子の両親は、男の子の学級担任の女性教諭から。

「相談したいコトがあるのできて欲しい」と、学校へ呼ばれた。


 男の子の両親は、女性教諭から一枚のクレヨン描きの絵を見せられた。

 そこには、一つ目で牙を生やした怪物や、頭に角を生やした目が無数にある怪物が描かれていた。

 女性教諭が言った。

「美術の時間に『家族』というテーマで児童に描いてもらった絵ですが……クラスの中で一人だけ、怪物の絵を」


 その絵に書かれている怪物の人数は、確かに家族の人数と一致していた。一人だけ……生まれたばかりの妹だけは、人間の姿で描かれていた。


 女性教諭は、さらに数枚の絵を男の子の両親に見せる。

 そこにも一枚一枚に、おぞましい怪物の絵が描かれていた。

 鋭い剣のようなトゲを、体から生やした怪物。

 全身真っ黒で、目も口も無い怪物。

 巨大な口だけが顔にある、やたらと舌が長い怪物。

 ボコボコと膨らんだ、異様な変形肌に覆われた怪物。

 溶けて、ただれた皮膚の骸骨のような眼窩がんかの怪物。


 そのどれもが、吐き気を感じる醜悪な絵だった。

「『クラスの友だち』というテーマで描いてもらった絵も、こんな怪物の絵ばかりを……絵を描いている時は、見える方の目を閉じて。失明している目で見て描いています……一度、心療内科のお医者さんに診てもらった方が……」


 両親は、息子が描いた不気味な怪物たちの絵を持ち帰った。

 数日後──母親は、息子がクレヨンで熱中して描いている絵を見た。

 そこには、建物の町並みの中に異様な形態の人間が描かれていた。

 首が折れたような細身の人間……手足がネジ曲がった血まみれの人間……胴体が千切れた人間や、頭が割れた人間が描かれていた。


 母親は、家族を描いたと女性教諭が言った。怪物たちの絵を息子の前に差し出して訊ねた。

「これが、家族の絵なの?」

 息子は、怪物を指差しながら説明する。

「うん、これが、おじいちゃん。これが、おばあちゃん……お父さん、お母さん……妹」


 母親は、絵を見た時から気になっていたコトを息子に聞いてみた。

「お父さんのところに、描いてある。白い小さな人間みたいな変なの何? たくさん描いてあるけれど」


 隻眼の息子が答える。

「人間になり損ねた……赤ちゃん、お父さんの体にいっぱいしがみついていたよ」


 それから、しばらくして男の子は絵は描かなくなった。描いても白いクレヨンを放射線状に塗った真っ白い絵と。

 黒いクレヨンで渦巻き状に塗りつぶした黒い絵しか描かなかった。


 母親が、どうして白い絵と黒い絵しか描かなくなったのか、理由を聞いてみた。

 男の子は、寂しそうにポツリと言った。

「だって、描く必要が無くなったから……ボクやお母さんを含めて、町中の人が消えちゃうから」


【説明】息子の失明している片目には、他人が見えていないモノが見えているのかも知れない?

 生まれたばかりの妹だけ、普通に描かれていたのは……まだ心がけがれを知らない無垢な心だから。

 もしかしたら、天才的な前衛芸術の中には、男の子のような……普通の人には見えていない特殊な世界を、見たままに表現している写実的な作品もあるのかも?知れない?


 しかし、男の子が言った。

「描く必要が無くなった」「町中の人が消えちゃう」とは、どういう意味だろう? 少し気になる。

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