#3【タイトル:食と言葉と】


「読み干す」という言葉は辞書には載っていない。つまり日本語にない。でも確かに、私の中にはあるのだ。文章を目で追うと同時に1つ1つの言葉を体に刻み、読み終わった時に「プハァ」と言いたくなる達成感。


飲み込んだ言葉は、腑に落ちるまでゆっくりと反芻していく。何度も、何度も。それこそ胃に流し込んだ食べ物を消化するように。身体に取り込むように。


文章を読む人なら誰にでもある感覚なんじゃないだろうか。


でも「読み干す」という言葉はやはり辞書にはないのだ。



「プハァ」


と、


コンビニで買ってきた苺味の台湾ビールを飲み干した。甘くて飲み口が軽い。これなら彼も飲めそうだな、と思いながらビールを買った帰り道で見た大きくて丸い月を思い浮かべた。


昨日は皆既月食だった。


手持ちのiPhoneのスペックでは撮れないのでは、と思ったが紅潮した月は小さいながらも思ったより綺麗に写真におさまり、アパートの階段の踊り場で凍えた手でスマホを閉じて1人満足して部屋に戻った。


写真と一緒に「月が綺麗ですね」と送ろうとして、何だかベタな気がしてやめた。後で電話した時に直接言おうかな、と思ってSNSを開くとさっき私が送ろうとした言葉は既にそこにあった。1番欲しい人から、おそらく私宛に。


公衆の面前で告白されているような気がして顔が熱くなったが、嬉しくなり、すぐに鍵付きのアカウントで返信した。「明日も一緒に月を見ましょうね」と。いつか話し合った合言葉だ。すぐに彼から「いいね」がついた。


一緒に寝床につくようになってからはや半年。

相も変わらず毎日穏やかに隣にいる関係は驚く程変わらない。



「『カクヨム』でも開いてみたらどうですか」



と唐突に彼は言った。

いつも通り一緒に布団に入り、今日の月と例の告白について笑いながら話している途中だった。


一瞬頭にクエスチョンマークが浮かんだが、ハッと意味を理解しページを開くと新しい小説が公開されていた。嬉しさで身体が火照るのは2回目だ。


今すぐ読んでもいいか聞くと、「いいですよ。その為に書きましたから。」と言われた。昔のように「恥ずかしいから後で読んでください。」と言われるかと思ったので少し面食らったが、そんな変化を気に止めるのも忘れて、生まれたての小さな小説を何度も何度も読み干した。


彼の目で見た月を一緒に見ているような錯覚と、小説を書いている姿を想像を繰り返して、どうしようもない愛おしさが込み上げてくるのを感じる。思ってもいなかったサプライズに胸がいっぱいになり言葉が出てこなくなってしまった。


やっとのことで口から出たのは、


「とても嬉しいです。ありがとう。」


というシンプルな一番混じり気のない一言だった。


「うん」


と、いつもより強ばった固い返事が返ってくる。どう反応すればいいのかわからないのか、彼はこういう時、いつにも増してぎこちなくなるのがとても可愛い。気持ち、伝わっただろうか、伝わってるといいな。


442年ぶりに大きな仕事を終えた月はいつにも増して輝いているように見えた。


太陽に照らされ毎日違う顔を見せる月を、辞書にはない関係性の2人が見つめる日々がまた毎日続いていく。

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返歌のようなもの 𐌍 𓃗 @FORA_eene

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