テンプレ的な召喚をする羽目になったのですけれども。

茉白 ひつじ

◆なるべくしてなるのである……



 草木も眠る丑三つ時。山奥にひっそりと佇む小さな家には冴えない男たちの姿があった。


 深夜に酷く残念な会話をしているのは家主の相楽勇一、友人の相川賢介、そして同じく友人である平井聖治の3人。

 彼らは幼馴染で、幼児期、少年期を経て、24歳を迎えた今日においても昔と変わらず、休日のたびにこうして3人集まり、仲良くどうでもいい話をしたり、キャンプに出かけたりと、子供の頃と同様の付き合いを続けているのである。


 彼らの本日のテーマは『異世界』である。貴族の息子として転生したらどうする? から始まって、悪役令嬢TSならばどうだ? むしろ普通に今のまま野山に転移させられたらどういう行動をする? 等と、非常に非常にどうでもよい話に花を咲かせていた。


 そしてそろそろ時計の針が3時を迎えようとしていた時、ようやく終わろうとしていた話がまた蒸し返されてしまった。


「色々話したけどさあ、ユウくん全部出し切ったの? 僕としてはまだ肝心なネタが出てないと思うんだよね」

「肝心なネタか……ケンちゃん的にはまだまだ不満ってことか? いやね実は俺もまだ出てないなーって思ってたネタがあるんだよな。せっちんはどうだ?」

「そうだなあ、あんま多くはねえけど、定番っちゃ定番のネタが出てねえなとは思ったな」


 さあ、いつも通りグダグダしてきたぞ、これは今日も朝チュンコースだぜと、3人それぞれ気合を入れなおしたところで異変が起きる。


 時計の針が3時を指し、古めかしいそれが鐘を鳴らしたその瞬間――


「うおおお? なになにユウくん! 今日のために仕込んだのこれ!?」

「すげええええ! さすがだな、ユウくん! ちょっとこれは予想外だ!」

「何言ってんだ、俺はこんなの知らねえええええええ!」


 突如として光り輝くカーペット。よくよく見ればそれは魔法陣のような模様であり、てっきり家主である勇一の仕込みであると考えた友人二人であったが、そうではなく、勇一も目を剥いて驚いた顔をしている。


「……お前ら、俺に逆ドッキリしかけてないよね?」

「ユウくん、在宅ワークでだいたい家にいんのにいつ仕込むのさ」

「大体にしてこんなクソ遠い家までいたずらのために先乗りしねえっつーの」


「それもそうかー……って、じゃあこれ、なんなんだよおおお!?」

「「しらねええよおおおおおおお……」」


 まもなくして怪しげな光に飲み込まれていった3人組。さて、彼らはどうなってしまったのだろうか。


◇◆◇


 ヤバげなテンプレライト召喚魔法陣に包まれた3人組が辿り着いたのはどこぞの王城……ではなく、例の空間――所謂神様っぽいアレがいる場所であった。


 優し気に慈愛を秘めた微笑で勇一を見つめているのは女神らしきアレ。目をパチパチとさせ、ようやく周囲の様子が目に入ったらしい彼は目の前の存在を見て何とも言えない顔をしている。


「はじめまして、相楽勇一さま。私はルナルーンを守護する女神の一人、アルテと申します」


 神々しい空間、謎の美女、何故か漏れている個人情報に唐突な自己紹介とくれば話は決まっている、ああ、こいつは来たぜ、何かの偶然で来てしまったぜ、そうさ、来たのさ異世界へ!


 勇一は興奮していた。この場にいることがどういう事なのか、一切考えずに興奮していた。もしかすれば死んでいるのかもしれないのに、生きていたとしてももう二度と元の世界に戻れないかもしれないのに、ただひたすらに興奮していた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」

「ヒッ」


 興奮のあまり、雄たけびを上げ、女神をビビらせる始末。それにはさすがの勇一も反省し、ぺこりと頭を下げて謝罪する。


「あ、失礼しました! わたくし、生前の頃から異世界転生というものに憧れていまして。こうして実際に体験し、美しい女神さまを目にした際に気分が高ぶってしまいました」

「そ、そうなんですね……」

「まあ、ほかの連中も俺と同類なんですけどね……って、あれ? ケンちゃんとせっちんがいねえ! まさか、俺だけ抜け駆けしちゃった感じなのかな?」


 きょろきょろとあたりを見渡し、賢介と聖治の姿を探す勇一。しかし、広さがよくわからないこの空間のどこを見ても人の姿は見つけることができなかった。


 ならば、やはりこれは自分だけ召喚されてしまったのだろう、同様に異世界に憧れを持っていた二人に申し訳ないなと考える勇一だったが、どうやらそうではないようで、すかさず女神が否定と共に説明をした。


「いえ、御友人方も勇一さま同様にこちらにいらしてますよ」

「にしては姿が見えないようなのですが」

「私は勇一さまの担当ですので、御友人方はそれぞれ、別の女神が担当について説明をしています」

「なるほど、そういう事ですか。女神さまを独り占めできるなんてなかなか贅沢な召喚ですね」

「そ、そういう考え方もありますか……」


 勇一のマイペースな物言いに流され、なかなか本題を告げられずにいた女神アルテだったが、首をぶんぶんと振って『そうではない、そうではないのです』と自分に言い聞かせると、改めて本題である言葉を勇一に告げる。


「貴方がた3人の地球人は、ルナルーンの中央大陸の東部に位置するイストリア王国の王女によって召喚されました」

「あれ、だったらまっすぐ王城に行くはずですよね? なぜこの不思議空間に?」

「この度の召喚はルナルーンの破滅を防ぐ重要な物です。儀式こそ、神託を受けた王女が行いましたが、貴方がたを招いたのは我々神族の意思。お詫びとお願いのために直接顔を合わせたかったのと、加護を与えると共に、ひとつ希望の能力を与えようと、一度この部屋を挟ませていただいたのです」


 女神によれば、ルナルーンに眠る邪神オプスキュリティなるものがじわりじわりと目覚めに向けて力を溜め込んでいるのだという


 その目覚めは止めることは不可能であり、いずれ目覚めるであろう、それを払うために異世界から素質ある者を招き、力を貸してもらう必要があったのだと。


「都合いいことに俺たち3人がちょうどその『素質ある者』とやらだったんですね」

「ええ、その通りです。貴方がたが持つそれぞれの素質は私達、担当女神の加護によって花開き、今のままでもそれなりのお力を備えています」


「それなりなんですね」

「ええ、それなりです。ですので、これから貴方がたは鍛錬の為に魔物を狩り、階位を上げて力をつける必要があります」

「つまりレベリングしてラスボス倒せってことですな」

「ひらたくいえばそうですね。それで話は戻りますが、突然の召喚をしたお詫びとして一つ能力を授けますので、どうか邪神討伐の力としていただければと」


「チートスキルやるからそれ使って頑張れってことですね?」

「そうなんですけれども、もっとこう、言い方をですね……まあいいでしょう。それで、貴方はどの様な能力を望みますか? 勇者の魂を備える貴方には剣の素質が芽生えています。ですので、おすすめは剣技が達人クラスになる【剣神】やいつでも愛剣を手元に呼び出せる【神剣召喚】等ですが……勿論【経験値増加】のようなスキルでも構いません」


「うーん……そうだな……っていうかですね、女神様。俺はいつかこういう日が来たら絶対お願いするんだって密かに考えていたネタがあるんですわ。せっかくのチャンスなんで、それをいただきたいなって」

「なるほど……召喚される前から既に心は決まっていた、ということですか。なかなかいませんよ、そんな人……良いでしょう。さあ、どんな能力を得たいのですか? 女神アルテの名において授けましょう!」


「お願いします、アルテ様! 俺が欲しいスキルは――」


◆召喚の間にて


 ここはルナルーン中央大陸東部、イストリア王国の地下に設けられた召喚の間。ルナルーンを守護する3女神、アルテ、ヘカテ、クーから連名で神託を受けたフィアールカ第3王女は直ぐにそれを国王に伝え、急ぎ儀式の支度を整えた。


 何しろ、女神たちからの神託によれば、世界を破滅から救うために必要不可欠な勇者召喚のタイミングは翌日の早朝。そういうことはせめて一週間前に言っておいてほしいと誰しもが考えたのだが、さすがに女神に文句を言うわけにもいかず、ただひたすらに体を動かし、なんとか儀式の支度を整えたのであった。


「はあはあ……な、なんとか体裁は整いましたわね……」

「姫様まで働かせてしまい、なんとお詫びすれば……」

「いいのよ。王女といってもわたくしは第3王女だし? お堅いご挨拶はお姉様がたに頑張ってもらえばそれでいいんだから」

「それはそれでどうかと思いますが……」

「独り身だし、いざとなれば冒険者になって飛び出せばいいんだから」

「それはほんと勘弁してあげてください!」


 第三王女フィアールカには二人の姉と一人の兄が居て、兄弟仲は良好だ。既に王位は兄が継ぐ事が決まっているため、血生臭い兄弟間の争いなど起こるはずもなく、将来は適当にどこぞの貴族のもとに嫁ぐのだろうと考えていたのだが、既に嫁に行った二人の姉とは違い、フィアールカはなかなか良縁に恵まれず、結婚はおろか、婚約すらいまだ成せないでいた。


 フィアールカ・ルナル・イストリア17歳。活発で元気がよく、身分を笠に着ずに国民に声をかけ、それでいてなかなかの美少女とあって、憧れを持つ者は数多くいるのだが……どうにもまともな縁談がやってこない。


 来るのはかなり年上か生まれたばかりの赤子からの物ばかりで、父親である国王、ベアクーロ・ルナル・イストリアも娘に強く進めることができないでいた。


 これは別に神のいたずらでもなんでもなく、王家と婚姻を結べるだけの格を持つ貴族にちょうどいい年代の男が居ないのが原因であった。


 王家と婚姻を結べるのは公爵、侯爵、辺境伯まで。それより下の伯爵となると流石につり合いがとりにくいし、子爵、男爵となれば流石にお話にならない。


 そして、つり合いが取れる家格を持つ家たちのちょうどいい年齢層の人間はすでに売り切れ。後に残るはおっさんか赤ちゃんか、良くても幼児か……そんな具合なのである。


 重ねて言うが、これは神による運命のいたずらなどというものでは無い。フィアールカの家庭に問題があったのだ。


 人の好い王家のみなさんは、末っ子であるフィアールカを両親、兄姉、そして城に詰める臣下の連中までもがそろって愛し、愛して愛しまくった。


 可愛さあまりに『まだ嫁にやるには早い』と、婚約のオファーを断りまくっていたのである。


 そして気づけばフィアールカ17歳独身……と。


 日本人的な感覚で考えると、まだまだ嫁に行く年じゃないよなあと思うのだけれども、異世界の事情となればお話は別。通常、王族貴族ともなれば、10歳までにはだいたいが婚約を済ませているのが普通であり、早ければ成人である15歳と共に婚姻を結ぶのだ。


 故に、フィアールカ第三王女は周りから気の毒がられているのだが……当の本人は何ら気にすることもなく。民に扮してこっそり街を練り歩いたり(バレている)密かに森を散策したり(密かに護衛されている)冒険者のまねごとをしてこそっとダンジョンに行ったり(臨時メンバーが護衛の変装)と、日々をのびのびと楽しく暮らしていたのだが……ある日唐突に飛び込んできたのが神託だ。


 突然のこととは言え、女神様から言葉を頂いたのだと目を輝かせたフィアールカだったが、その内容を聞いた時には軽く切れそうになった。しかし、相手は女神様だ、それも平和のためともなれば無視をする事など到底出来ず。それはそれは必死に儀式の支度を済ませたのである。


 まもなくして、儀式の間には国王、王妃、王子に近衛に神官などなど、多くの参加者が揃い、召喚の時間となった。


「フィーよ、召喚とはどのようにすればよいのだ?」

「召喚された方々をお出迎えすればそれでいいと女神さま方は仰っていましたわ。私たちはただ陣の周りで見守っていれば良いみたいです」

「酒蔵に突如として妙な陣が刻まれたと聞いたときは驚いたが……まさか女神さま方の手によるものだったとはのう」

「……なんだか恥ずかしいから、異世界の方々には内緒にして置きましょうね、お父様」

「うむ。御客人方も酒蔵に呼ばれたと知れば複雑な気持ちになるだろうからのう……」


 召喚の間は地下室である。


 何処で知った情報なのかはわからないが、女神3姉妹は召喚の会場は王城の地下であると決め込んでしまい、唯一王城に存在していた地下室、つまりは酒蔵を召喚の間として陣を刻んでしまったのであった。


 幸いだったのは酒蔵がそこそこの広さを持っていたところか。


 まだほんのりとアルコールの香りが残ってはいるが、すっかり酒が片付けられ、それらしく装飾をされた今、誰がどう見ても何かを召喚するるんだろうなーという部屋に代わっていた。


 これを1日でやれといったのだから、女神さま方もなかなか酷いと思う。



 さて、いよいよ召喚の時間となったようだ。陣がまばゆく光り輝き『おいでませ勇者様方』の参加者達は一様に手で顔を覆う。


 神託によれば、召喚されてくるのは勇者、賢者、そして聖女の3人である。

 召喚されたのは勇一、賢介、そして聖治……3人そろって男である故、どう頑張っても聖女は来ないのだが、そこはまあ、誤差ということで。



 しかし、そんなことを知らない参加者のみなさんは光の中から現れるのが勇者と賢者、そして聖女であると疑ってはいなかった。


「ああ、私にもわかりますわ! この強烈な気配! みなさま、勇者様方がいらっしゃいますよ! では、せーので歓迎いたしましょう! せーの」


「「「ようこそ、イーストリアへ! 歓迎します! 勇者様方!」」」


 なんとも間抜けな出迎え方なのだが、召喚された連中の性格を考えればぴったりである。無邪気で人が良く、そして若干残念な3人であれば、この素朴で暖かな出迎えにほっこりとし、ほほを緩めるに違いなかった。


 しかし、彼らから返ってきたのはそんな反応ではなく……。



 カラーン ドサッ チャリーンチャリンチャリンチャリン……。


 召喚の間に鳴り響く無機質な音。一体何が起きたのだろうか。

 光がやみ、元の明るさに戻った召喚の間には、戸惑いの表情を浮かべた王城の皆さんと、そして――


 召喚陣の上に置かれた剣と本と、そして指輪の姿なのであった……。


 

召喚失敗……か?


「……のう、フィアールカ。我には剣やら指輪やらの姿しか見えんのじゃが」

「奇遇ですね、お父様。わたくしの目にもそう見えますわ……」


 困惑する一同、だってそうじゃん、いるはずである勇者たちの姿はどこにも見えず、もしかしたら、その彼らの装備品であったのだろう、剣と本と指輪の姿しか確認ができなかったのだから、困惑するのは当たり前じゃんなのである。


「フィアールカ、もしや勇者様方は召喚に失敗し、肉体を失ってしまわれたのでは……」

「兄上、怖いことを言わないでくださいまし。召喚をしたのは女神様ですよ? わたくしがしたのであればともかく、女神さまが失敗だなんてそんな……」

「そうですわ、女神様に失礼ですわよ、ミカール」

「じゃがの、ユズリア……ミカールがその様に思うのも仕方が無いのでは無いか? 事実、勇者様方の姿は無く、あるのは聖剣と思わしき剣や本、指輪だけでは無いか……」



 王家ファミリーのやや物騒な会話にざわりざわりとどよめく儀式の間。しかし、それを鎮める声が王城の皆様の耳に届いた。


『うっわ、やったぜ! マジで剣になってら!』

『うおおお! インテリジェンスリングだー! やったー!』

『っしゃ! ちゃんと聖典になってるじゃねえの。クー様サンキュー!』


 この場の誰もが知らぬ声がする、時間差で勇者様方が現れたのか、そう思って振り向いた王城の皆さんだったが、目に映ったのは勇者たちのそれではなく……。


 宙に浮き、楽し気な声を上げる剣と指輪と本の姿であった。


『つーか、まじかよ。お前らもインテリジェンスウェポンになったの? うける』

『なーんだ、ユウくんもせっちんも同じ事考えてたのかよー』

『まあ、ずっと一緒に遊んでりゃ思考も似通るってわけだな』


『『違いない』』


『『『わっはっはっはっはっは』』』


 楽し気に笑うインテリジェンスウェポン達、その様子を見て戸惑う王城の皆さん。その中から王女フィアールカがいち早く我に返り、恐る恐る彼らの元へと向かった。


「あ、あの……ええと、貴方がたは一体……?」


 武器の姿を得た嬉しさで周囲の事が目に入っていなかった3人組はここでようやく周りで驚き戸惑う王城の皆様を知覚した。


『うっわ、どうしよケンちゃん、美少女だよ』

『失礼だよユウくん。この子あれじゃない? 女神さまが言ってた王女様』

『あーあー、そうだよユウくん。クー様が王女が待ってるって言ってたぞ』

『あー、アルテ様もそんなこと言ってたな……』


「あの、その……女神様とお会いした……ということは……もしかして、あなた方は……勇者様方の持つ特別な所有物……なのでしょうか? えっと、異世界から召喚されてくるという勇者様方はどうなされたのでしょうか?」


 果たしてこれらの存在は声をかけても良いものなのだろうかと、恐る恐る3人組に声をかけたフィアールカ。


 勇気をもって問いかけたその質問の答えは、王城の皆様の度肝を抜くものとなった。


『あ、あー……なんつうかその……俺が勇者らしいです』

『え、ユウくん勇者ってまじ? 俺は賢者だってヘカテ様が言ってたよ』

『マジマジ。勇者の素質があるんだってさ。そんでせっちんはなんなん? 勇者、賢者と来たから……忍者とか?』

『なんでだよ! ちげーよ……俺はその……あれだ……そのな? ……聖女……だってさ』

『『なんて?』』

『だから! 俺は聖女! 聖女の素質があるんだと!』

『せっちんが……聖女?』

『聖治に『ょ』を足したら確かに聖女だけど……くく……』

『普通さ、そこは『ん』を足して聖人とかになんじゃねえの……やっべ、腹いてえ……』


『『げらげらげらげら』』


『おいくそ笑うな! 泣いている本だっているんですよ! うわーん!』


 フィアールカは驚愕した。目の前に居る武器たちこそが異世界人で、それぞれ勇者と賢者と聖女であるのだと言っているからだ。


 とても信じられない話だが、確かに彼?等は召喚陣より現れたし、力の女神アルテ、知の女神ヘカテ、そして癒しの女神クーそれぞれから言葉を頂いてきたというのだから信じないわけにはいかなかった。



「あの!」


『『『うん?』』』


「失礼ながら、お尋ねしますが、勇者様方の世界の方々というのは……我々のような姿ではなく、物のようなお姿なのでしょうか……?」


 その質問を受けた3人組、無い顔を見合わせ、そして周囲で困惑を浮かべながらこちらを見つめる王城の方々の姿を見渡した。


 なるほど、確かに確かにと。ここの人たちからすれば召喚陣から現れるのは人間のはずだったのだろうと。それなのに現れたのは剣やら本やら指輪であったと。


 困惑するのも仕方がないなと、ここでようやく気づいたのであった。


『あー……なんつうかその、ですね。女神さまから能力を一つ貰えるってんで……その、剣にしてくれっていったんですわ』

『奇遇なことにその……僕は魔法発動体となる指輪になりたいって言っちゃいまして……』

『同様に俺は聖典にしてもらったわけで……元はあなた方同様、普通の人間だったんですよ』


「「「えぇ……」」」


 困惑と呆れが交じり合った声が召喚の間に響く。それと共に、落胆の表情も。


 当然である。望んだのは邪神を滅する勇者と賢者と聖女なのだ。勇者が装備したら強いだろうなーという剣や、賢者様にお似合いだろうなーという指輪や、聖女様がめくる姿は素敵だろうなという聖典だけが来ても、肝心の中身が居なければどうしようもないのである。



「えっと、その……大変申し上げにくいのですが……勇者様方がその様なお姿になってしまわれたのであれば、誰がそれを装備されるのでしょうか」


 勇者と王国のパイプ役として頑張るフィアールカ。その問いに、ふむと頷いた武器たちは……なんと人の姿に変わったではないか。


「おー、ちゃんと人に戻れたな……俺は武器転生物主人公は武器のままで居ろや派だが、異世界飯とかやっぱ食いてえからな」

「マジかよ、ユウくんもせっちんも戻れるようにしたんだ、僕もなんだよね」

「そらそうよ。俺もユウくん同様、読む側なら人化したらキャラ設定が薄まるだろ派だけどよ、やっぱ流石に自分のこととなるとなあ……」


 黒髪のやや平たい顔をした3人組、確かに女神から聞いていた通りの姿をした人間が目の前に現れた。


 いやまあ、聞いていた話では一人は聖女であるはずだったのだが……とりあえず装備品ではなく、きちんと人間になれるのであればその程度は誤差である。


「……きちんと人に戻れるんじゃないですか! 先にそれを言ってくださいよ……まったくもう!」


「悪い悪い。でもさ、剣の俺も悪くはないんだぜ? なんたって、この世界で唯一邪神を打ち滅ぼせる聖剣なんだぜ? 刃こぼれしねえし、見た目もいいし、いい能力貰ったよ、ほんと」

「そうそう。指輪の僕はさ、消費魔力1/5、全属性魔法習得、全属性魔法ブーストっていうブッコワレ性能のほかにさ、なんと唯一邪神に通用する拘束魔法を使えるんだよ」

「おっと聖典の俺も忘れんなよ。俺だってな、消費魔力1/5はもちろん、全ての神聖術が使える上に、それのブースト、さらにさらにこの世で唯一、邪神を弱体化させる能力を持ってるてんだから、悪くないだろう?」


「凄い……! それだけの力があるのであれば、きっと邪神も!」


「だろ? まあ、俺たちに任せておけば安心だよ!」

「うんうん僕たちに……アッ――……あ、あれれ、ちょっとまってよユウくん……あのさ、僕やばいことに気づいちゃったんだけど……」

「どしたん、ケンちゃん」

「ユウくんさ、自分のステータス見てみた?」

「ん? そんなん見れるの!? まじかよ! うおお! ステータスオッープン!」

「言わなくても念じれば開くから……ね、せっちんもみてみ?」

「うおお! そうだな! パラメェエタァッ! オーッペンッ!」

「だから別に口に出さなくてもいいって言ってるのに……気持ちはわかるけどさあ」


 賢介に言われるままにステータスを開いた二人はそこに書かれていた文字に慄いた。いや、正確に言えばステータス画面の一部を見て固まってしまったのである。


 その一部とはそれぞれが女神に強請って与えてもらったユニークスキルの説明欄。底に書かれていたのは――


ユニークスキル:聖剣転身


我が身を自在に聖剣アルテミシアに変えることができる能力。

その力はこの世界で唯一邪神を打ち滅ぼせる者であり、勇者の専用装備である。


ユニークスキル:聖輪転身


我が身を自在に聖輪ヘカテミシアに変えることができる能力。

魔法の行使に様々な恩恵を与えるほか、唯一邪神を拘束することが可能な魔法を発動可能。

ちなみに賢者専用装備なのである。


ユニークスキル:聖典転身


我が身を自在に聖典クーテミシアに変えることができる能力。

聖属性魔法の行使に様々な恩恵を与えるほか、唯一邪神を弱体化できる可能な魔法を発動可能。

当然、聖女専用装備だ。


『勇者の専用装備である』

『賢者専用装備なのである』

『聖女専用装備だ』



「「……」」


「あの、勇者様がた? どうかなさいましたか……?」


(お、おいどうすんだこれ)

(やっぱ二人もそうなんだね。僕らってば職業専用装備なんだよ)

(まじかぁ……可愛い聖女ちゃんに装備してもらいたい人生だった……)

((それな))

(勇者専用装備に変身できる勇者とは一体……女勇者とか居ないかしら)

(女神様の話だと居ないんだろうなあ……せめて僕らが自在に動けりゃよかったんだけどね)

(フヨフヨ浮くことははできるけど、素早く動いて攻撃できるってわけじゃねえしな……)

(そもそも本の状態じゃ魔法使えないっつう……エクストラヒール! とかやりたかったぜ)

(あ、試したんだ? となると確実に指輪の僕も使えないんだろうなあ……)


(((どうしよう?)))


「あの?」


「「「ひゃい!」」」


「ほんと、どうしちゃったんです? 何か……その、都合が悪いことでも発覚したのでは……」


「カンがいい王女は嫌いだよ!」

「ちょっとユウくん! へへ、なんでもないんですよ、王女様」

「そうそう、ちょっと担当と現場で意思の疎通に問題があった程度で」


「えっと……?」


(いやほんとどうすんのこれえ!)

(女神様たちもさあ……こうなるって気づけたはずだよねえ)

(んだな。俺達は悪くねえな。気づいて止めてくれねえポンコツ共が全部悪いんだ)


(((まじでこれどうしてくれんだよおおおおお!)))


 いけない、このままではグダグダとしたまま俺たちの冒険が終わってしまう! せっかくの異世界なのにどうすんのこれ! つうか、専用装備だなんて聞いてねえぞ! これじゃあ意味がないじゃんか! このままでは宝物庫に追放コースじゃんよ! と、仲良し3人組が天を仰ぎ、それぞれの担当女神を呪おうとした瞬間――奇跡が起きた。


(((あっ なんか降りてきたぞ)))


 召喚の間に降り注ぐまばゆい光。そこに降り立つ3柱の女神。突然の奇跡に息を呑む王城のみなさん。あまりにも神々しいその光景に3人組以外が息を呑んで様子を伺っていると……女神アルテがフィアールカの元に歩み寄り、ほほに手を置いて声をかけた。


「フィアールカよ、貴女に神託を下します」

「え……はい!」


(すげえ、神託のダイレクトアタックかよ。普通天界的な所から声だけ飛ばさねえ?)

(直接降りてくるとかなんなのうける。ガッツリ触ってるしさ)

(あー、もしかして俺たちの悪口聞いて慌てて降りてきたやつじゃね)

(それだわ)

(もしかしたらさ、どうにかしてくれるんかね)

(だったらいいよな)



「女神アルテの名において、フィアールカに命じます。貴女は勇者と賢者、そして聖女……聖女? うん、聖女でいいか……ごほん、聖女の力を借り、邪神を打ち滅ぼしなさい」


「ほ?」


「大丈夫、不安に思うことはありません。彼らは人として戦っても、剣士として、魔法使いとして、聖職者としてそれなりに戦えますから」


「そ、それなりですか……」

「しばらくの間は……まあ、それなりですね」

「そうですか……それなり……」


(ちくしょう、王女様にまでそれなりっていうこたねえだろ)

(ユウくんも言われたんだ、それ……)

(クー様も言ってたわ……それなり聖女だって。俺、男だっつーのにさ)


「えっとその、本当にわたくしで大丈夫なのでしょうか?」

「……はい、大丈夫……ですよ。武器としての彼らは強大な力を持っています。勇者、賢者、そして聖女を装備した貴方は無敵です……多分」

「今、変な間が! ちょっと、アルテさま? 間が空いたのが気になるんですが! あと多分って! ちょっと!」

「……私たち、女神はいつもあなたを見守っていますよ……」

「見守るって……あ! ちょっと! アルテさま! ヘカテさま! クーさまあああ! あーーーーー!! 消えないで! あーーーーーーーーーあーーーーー!!」


 名残惜しそうに天に手を伸ばすフィアールカ。しかし、女神たちは微笑を浮かべたままゆっくりと姿を消していき……。


「あ、マジだわ。テキストちょっと変わって『勇者とフィアールカのみ装備可能』になってるわ」

「ほんとだ。王女様の名前が追加されてんね」

「よっしゃ! 少なくともおっさんに装備されないで済んだな!」


「「「つーわけで、今後ともよろしくお願いしまーす!」」」


「いやあああああ!?」


 こうしてなし崩し的に王女フィアールカは3人組と共に邪神討伐の旅に出る羽目になったのでありました……。

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テンプレ的な召喚をする羽目になったのですけれども。 茉白 ひつじ @Sheepmarshmallow

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