閑話

ふたりはどうする?

「もし……もしもだよ? もしもボクが女の子になっちゃったらふたりはどうする?」


 大学の学食で、いつものふたりと、いつものA定食を食べながらボクはそんなことを尋ねてみた。

 

「……何の冗談だ?」


 宗光むねみつが読んでいた新書から視線を上げた。。

 彼もまたいつものようにカロリーメイトだけの昼食を摂りながら、無駄話なら付き合わないぞとばかりに冷たい視線を送ってくる。

 

「だからもしもの話だよ」

「仮定の話であっても突拍子過ぎる。議論する価値はない」


 相変わらずだなぁ。

 何事にも合理性や効率を重視する宗光は、この手の実の無い話が苦手だ。

 大学生の会話なんてこんなのがほとんどなのだから、さぞかし大学生活は苦痛だろうなっていつも思う。

 

 というか、ボクたちだってみんなとそう変わらない。

 なのにどうして宗光はボクたちとつるんでいるんだろう。不思議だ。

 

「なに、性転換でもするのか?」


 一方でもう一人の友人・幸太郎こうたろうは、ボクの話に食いついてきた。

 

「だから、もしもの話だって!」

「性転換の手術に使う金があるんだったら貸してくれよ」


 そう言って、幸太郎は『自由にお取りください』のてんかすとネギを山盛りにトッピングした素うどんを掻っ込む。

 いつも金欠な彼の定番メニューだ。

 

「ちなみに訊くけど、何に使うの?」

「決まってる! 整形だ!」


 やっぱりな、と思った。

 幸太郎は決して顔が悪いわけじゃない。

 でも本人は「俺がモテないのはぶさいくなせいだ」と思い込んでいるらしく、いつか整形するぞとお金を貯め込んでいるのだった。

 

「前から言ってるけど幸太郎がモテないのは顔のせいじゃなくて、女の子の前だとガチガチになってまともにしゃべれないのが理由だと思うよ?」

「いいや、顔が理由だ。顔に自信がないから、女の子に話しかけようと思ったらつい緊張してしまうんだ!」

「そんな、緊張する必要なんてないのに」

「黙れ! お前みたいに可愛い顔していて、女の子の方から声をかけてもらえるような奴に言われたくないッ!」


 あらら、拗ねちゃった。

 ボクはボクで大変なことになっているんだけどなぁ……。

 

「……お前ら、話が脱線しているぞ」


 そんなボクたちに再び新書へ目を落としている宗光が、読書の姿勢を崩さないまま話しかけてくる。

 

「女の子になったらどうするって話だったはずだが?」

「そういやそうだったな。おい宗光、お前はどうするよ?」

「だから僕は議論する必要はないと言っただろう」

「議論じゃなくて、単に思ったことを言ってもらえるだけでいいんだけど?」


 ボクはテーブルの向かいに座る宗光の顔をじっと覗き込んでみた。

 宗光はコンピューターみたいなドライな受け答えをするけれど、それでも人間だ。

 こうしてじっと見つめられると、居心地の悪さを感じてやがてボソっと答えてくれた。

 

「別に変らない。これまでと同じだ」

「それは友だちでいてくれるってこと?」

「……そうだな」


 答えるのに少し間があった。

 

「うん、分かった。で、幸太郎は?」


 視線を宗光から隣の幸太郎へと向ける。

 幸太郎は腕組みしながら顔を真上にあげて、何やら唸っていた。


「どうしたの?」

「ちょっと考えさせてくれ」


 何か真剣に考えてくれているようだった。

 

「おいおい、こんな馬鹿げた話をそんな真剣に考えてどうする? ただでさえ馬鹿なのに、今のお前はもっと馬鹿に見えるぞ」

「うっせぇ。黙ってろ、宗光!」


 宗光を一喝すると、幸太郎は腕組みを解いて、なにやら両手をわきわきと動かし始める。

 見れば顔はまるでひょっとこみたいに口を突き出していて――。

 

「よし、決めたっ!」


 そして目を見開いて言った。

 

「静、俺と結婚してくれ!」


 ……はい?

 

「モテない俺のために女の子になってくれるなんて、お前はなんていい奴なんだ。その気持に応えようと俺も必死に頭の中で考えた。ああ、大丈夫だとも! お前の気持ち、俺が受け止めてやるぞ、静!」

「いや、もしもの話なんだけど……」

「そうだぞ、幸太郎。お前、一体何を考えて」

「うっせぇ! 俺は静と結婚すると決めたんだ! 部外者は引っ込んでろ!」

「部外者ではない。静の友人として、友人をドン引きさせているお前に気持ちの悪い妄想はやめろと諫めている!」


 そうして宗光と幸太郎の喧嘩が始まった。

 これもまたいつものこと。

 ホント、なんでボクたちは一緒にいるんだろう。

 

 でも、そんなふたりを見ながらいつまでもこの関係が続けばいいなとボクは思うのだった。

 

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