第60話:まだ諦めてねぇからなぁぁぁ
合宿最終日。
この数日泊り込んだ部屋には、みんなのひと夏の努力の結晶が吊り下げられていた。
どれも素晴らしい出来だ。
おそらく今年も書道展でいい成績を収めることだろう。
ということもあって書研生たちは合宿最後の思い出作りに海へ繰り出していた。
ただひとり、風呂掃除をさせられている健斗を除いて……。
「ああ、晶さんの話に乗った俺が馬鹿だった……」
デッキブラシでタイルを磨きながら嘆く健斗。
おかげで勝治に足首を決められるわ、罰として居残り掃除をさせられるわで散々だ。
「くそう、早く終わらせて俺も海に……」
「健斗君、お風呂掃除は終わったかしら?」
「あ、静さん! はいっ! もうすぐ終わるッス!」
「じゃあ、それが終わったら次は廊下の雑巾掛けをお願いね」
「えっ!?」
「それから庭の掃除に……そうね、ついでだから納屋の整理もお願いしようかしら」
「ちょ、ちょっと」
「さすがはS大学の学生さんね。最後の日はお掃除をしてくれるなんてホント助かっちゃうわー」
ゴキゲンに立ち去る静の後姿を眺めながら、健斗はがっくりと膝を落とす。
もう変な企てには絶対に乗らねぇと心に誓う健斗であった。
そして今回の騒動の当事者である晶は、と言えば……。
「うーん、さすがは結衣ちゃん、水着姿もいいなぁ!」
懲りずに海で渚たちと遊ぶ結衣を見ていた。
この合宿中、結衣が海に遊びに来たのは一度もない。
だから水着姿は初めて見た。
ワンピースタイプの、あまり露出度は高くない水着だ。
が、出るところはしっかり出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる完璧なプロポーションを、たった一枚の薄い布切れだけで隠してみんなと遊んでいるという事実がエロい。
お風呂で結衣の裸は見ているけれども、これはこれでご飯三杯は行ける晶さんである。
「あー、やっぱり抱きたかったなァ」
澄ましている結衣をからかいまくって、いろんな表情を見てきた。
が、抱かれている時はどのような顔を見せるのだろうか。
想像するだけでムラムラしてきて――。
「まーた余計なことを考えとるじゃろ?」
ゴンッ!
後ろから杖で後頭部を痛打された。
「痛っえぇ! ばあちゃん、なにするんだよぉ」
「走り込み中に余所見などしておるからじゃ」
「いいじゃんかよ、別に水着姿の女の子を見ても」
「ダメじゃ! おぬし、まだ懲りておらんのか?」
見れば晶の顔は面影がないぐらいに腫れ上がっている。
あれから稽古と称して、星世に可愛がられた結果だ。
晶とて決して弱くはない。
が、星世の動きは初動が早すぎて全く対応出来ずボコボコにされた。
普段はニコニコとした表情を絶やさないのに恐ろしすぎる……。
「晶、おぬしは邪念が酷すぎるくせして、足腰の鍛錬がまるでなっとらん。今日はそんな邪念を抱く余裕すらないぐらい走り込ませるからの、覚悟するんじゃ」
「ええっ!?」
だったらこんなところで走り込みなんかさせるなよと嘆く晶。
どうしても視界に水着姿で遊んでいる結衣たちの姿が映り込んでしまう。
珍しく無邪気にはしゃいでいる結衣。
そしてそんな結衣に優しい笑顔を浮かべている渚。
その様子に晶は改めて心が締め付けられるような気分になる。
ああ、もう少しだった。
もう少しでふたりとも手に入れることができたのに……。
もっとも今の渚に晶はこれといって魅力を感じない。
親は渚と恋仲になるよう迫るけれども、晶にそのつもりは全くなかった。
が、女の子になった渚なら話は別だ。
実に、実にそそられる案件である。
おまけに渚の10人目の彼女である結衣は容姿最高、気難しい性格も晶にとってはかえって嗜虐心が擽られる好物件だった。
となれば、まず結衣を落として、その後に女の子になった渚も抱けばまさに一石二鳥!
これだ、これしかないと綿密に計画を立てたはずだったのだが……。
「ちくしょー! 俺はまだ諦めてねぇからなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
浜辺に晶の魂の叫びが響き渡る。
ただその声は渚たちには届かず、代わりに星世が目いっぱいの力で晶の頭を殴りつける音だけが聞こえるのだった。
――作者より――
これにて第四章が終了となります。
次はひとつ閑話を挟んで、それから最終章が始まりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます