第58話:結衣ちゃんは気付いてる?
慣れないことはするもんじゃない。
健斗に肩を貸して山を降りていく渚の姿を思い出しながら、結衣は少し後悔していた。
晶から「渚には内緒で秘密基地に連れて行ってやりたい」と言われた。
それ自体にはさほど惹かれない。
だけど「結衣ちゃんが知らない渚の秘密をそこで教えてやるよ」との言葉に、つい乗ってしまった。
そして今は花火会場を離れ、晶の運転する車に乗っている。
「いやぁ、怖がるふりをして抱きつきまくるとか。あんた、ホントいい女だなぁ」
「恋人を騙しておいて、どこがいい女なんですか?」
「だって怖くもないくせに罪滅ぼしで抱きついていたんだろ?」
「…………」
「大したもんだよ、ホント」
一体何が大したものなのか。
まったくもって苦手だ。
「それで私の知らない渚先輩の秘密ってなんですか?」
「せっかちだねぇ。まだ秘密基地に着いてないぜ?」
「よくよく考えたらホントに知らない話かどうか分かりませんから」
ハンドルを握る晶の横顔をじっと見つめる結衣。
その視線の圧力をかわすように、晶は右手で頭をがしがしと掻いた。
「んー、じゃあ結衣ちゃんも渚の、というか渚の一族の変わった性質を知っているよな?」
「誰かと付き合い始めると、ライバルになるような子を惹きつける体質ですね?」
「やっぱりそこは知っていたか。まぁ、渚と付き合ってんだ、それぐらいはさすがに気が付くよな」
その口ぶりに結衣の眉がぴくりと動いた。
まさかあの特殊能力にまだ何かあると言うのか?
渚について知らないことと言われて、結衣が考えていたのは渚の幼少の時のことだった。
晶と結衣の違いを考えたら、それぐらいのことしかない。
加えて秘密基地でその話をするという。
だったらなおさら想い出の品とかを取り出してきて、当時の話をしてくるものだとばかり思っていた。
「実際、渚が結衣ちゃんと付き合っているおかげで旅館には美人ばっかり泊るようになったもんな。龍造爺さんの楽しそうなことと言ったら」
龍造が水着姿の美女に囲まれてデレデレしているところを思い出したのだろうか。
晶がくっくっくと笑う。
「でも、オレもその中のひとりだって、結衣ちゃんは気付いてる?」
が、不意に真顔になると横目で晶は結衣へ問いかけた。
「……勿論ですよ」
「へぇ。でもその割には渚をほったらかしにしていたじゃないか?」
「だって渚先輩が晶さんに落とされるわけありませんから」
「……言うねぇ」
「そりゃあ最初は警戒しましたよ。きっと晶さんだけじゃなく、あなたの家の人たちも先輩を狙っているのでしょう。そうでもないといくら何でも鮪一本丸々プレゼントなんて考えられませんから」
「そうそう、親父がなー、なんとしてでも渚と結婚しろーってうるせぇんだわ」
「まるで他人事みたいに言うんですね」
そう、だからどうにもやりにくい。
これで晶も渚を落とそうと躍起になってくるのなら、結衣ももっと応戦してみせただろう。
しかし、晶が渚を好きなのかどうなのか、イマイチよく分からない。
ただただ、結衣と渚をからかって笑っているだけで、どうにも判断が出来なかった。
だからこそ、どうにも最初は苛立った。
それを落ち着かせたのが、渚の晶を見つめる瞳だ。
そもそも渚は誰にでも優しいけれど、誰にも恋愛感情を見せることはない。
まぁ、それはそれでモヤモヤするのだけれど、何故か晶に関してだけは「そういう仲にはなっちゃいけない」という意志を彼女を見つめる瞳に感じられて安心したのだ。
いや、もう、それが出来るのならいつもやってよと思わずにはいられない結衣である。
「他人事って言うか、まぁ、好きな奴ぐらい自分で決められる歳だからなー」
晶がハンドルをトントンと人差し指で叩く。
「そんなもん、親は黙っとけって思ってるよ」
「それは同感ですね」
「お、仲間!」
晶がニカっと嬉しそうな笑みを結衣に向けてきた。
「それよりも私が知らない渚先輩の秘密ってなんですか?」
「えー? 今のは『イェーイ』ってハイタッチする流れじゃねぇか」
「そんな大げさなものじゃないでしょ。私たちの年齢ならみんなそう思ってますよ。それよりも先輩のあの特殊能力以外の秘密って一体?」
「だからそれは秘密基地で……って、お、見えてきたぞ」
晶が顎で前方を示す。
車のライトだけが照らす山道の中、確かに木々の間に何やら明かりが見えた。
と不意に視界が開け、それを見た時。
結衣は呆気に取られた。
かつては潰れたホテルを子供の頃の渚たちが秘密基地にして遊んでいたというその建物。
一度は取り壊されたというその跡地に。
今は『秘密基地』とネオン看板を掲げた、恋人たちの城があった。
――作者より――
なんと二日続けて3話公開!
カクヨムコンの締め切りが近いからね仕方ないね、ではなくて、話の関係上の理由です(笑)
夕方公開、夜公開分もお楽しみにー。
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