第55話:私、気付いちゃったんです……

 合宿も残りわずかとなったところで開催された肝試し。

 その内容は山中のお堂のお札を取りに行って戻ってくるというものだった。

 

「んじゃ、行ってくるぜー」


 健斗と晶が第一陣として出発していく。

 書研生以外にも地元の子供たちや、宿泊客のお姉さんたちも参加していた。

 ちなみに龍造も参加すると駄々をこねたが、あいにくと今日は地元の大切な寄り合いがあって不参加となっている。

 

「ところで先輩、肝試しって何ですか?」


 一定の間隔を置いて次々と山道を歩いて行く参加者の後ろ姿を眺めながら、結衣がそんなことを訊いてきた。

 

「え? 結衣、知らずに参加したの?」

「はい。その存在は知っているのですが、内容までは……」


 さすがはお嬢様だ。

 きっと子供会の催しとかとは無縁な生活を送ってきたのだろう。


「肝試しって言うのは、お化けとか出そうなところに行って恐怖体験を楽しむんだよ」

「はぁ。でも、お化けなんていないと思いますけど?」

「それを言っちゃおしまいなんだけど……」


 苦笑する渚。

 その横で結衣が突然「ああっ!」と合点がいったように頷いた。

 

「そうか、分かりましたよ! 実際は驚かせ役の人がいるんですね?」

「まぁ、ぶっちゃけるとそうだね」

「道理で最初からくせ者ばっかり出発していくなと思いました」

「くせ者って……」


 まぁ、確かに。

 一番手が健斗・晶ペアで、二番手が曜子たちのペアときたら、何か企んでいるのがみえみえではある。 


 そうこうしていうちにやがて山の中から「きゃあ!」とか「うぉ!」とかの叫び声が聞こえてきた。

 

「健斗先輩たち、頑張ってますね」

「雰囲気壊れるから、そういうことは言わないの」

「ふふん、まぁ私はそう簡単に驚かされませんけどね。草むらから飛び出てきたところに蹴りをお見舞いしてあげますよ」

「やめてあげて」


 本来なら女の子が怖がって男の子に抱きついてくる、そういうコミュニケーションがこの手のイベントの醍醐味だ。

 それなのにこの結衣の勇ましさたるやどうなのか。

 

 まぁ、結衣が元気で楽しそうならそれでいいかと色々諦める渚だった。

 

 

 

 さて。

 いざとなったら自分の方から結衣に抱きついて健斗たちを蹴り上げるのを止めようと身構えていた渚だったが。

 

「きゃああああ!!!」


 実際は逆に(?)結衣から抱きつかれているのだった。

 

「な、な、なんですか、今の!? 首筋に何やらひんやり冷たくてぐにょぐにょしたものが!?」


 肝試しの定番中の定番・こんにゃくだ。

 今時こんなのでは子供もここまで驚かない。

 

 が、肝試し初体験の結衣には効果覿面だった。

 突然のことに驚き、これまで聞いたことがないような悲鳴を上げて渚に抱きついてくる。

 

 そして実は道中ずっとこんな調子だったりする。


 おそらく結衣としては単純に幽霊に扮した者が突然現れる程度に思っていたのだろう。

 だからこんにゃくとか、突然すぐ傍から聞こえてくる破裂音風船が割れる音とか、落ちてきた作り物の蛇とかは想定外で驚いてしまうのだ。

 

「ううっ。ダメです、先輩。この山は呪われています。もう引き返しましょう」

「呪われているって大袈裟な。それにお堂はもうすぐそこだし」

「私、気付いちゃったんです……」

「何を?」

「確かお堂のお札を取って戻ってくるって内容でしたよね? でもここまで私たち、誰一人としてすれ違っていないんですけど……」


 言われて渚は「あ」と口を開いた。

 そう言えばそうだ。

 ということは……。

 

「きっとみんなお化けに食べられちゃったんですよっ!」

「違うよっ! きっとみんなして僕たちを驚かせようとしてるんだよ!」


 出発する前は驚かせ役の存在に気付いていたのに、どうしてここまでテンパっているのだろう?

 存外に結衣って怖がりなのかもしれない。

 と、そんなことを考えていたら、木々の隙間からお堂の明かりが見えてきた。

 

「ほら、結衣。お堂が見えてきたよ」

「あ、本当ですっ! は、早く行きましょう、先輩!」

「あ、走っちゃ危ないよ!」


 駆け出した結衣のあとを渚は慌てて追いかけた。

 渚は知っているのだ。

 この後、不意に明かりが落ちて真っ暗闇になるという最後のビックリが待っていることを。

 

 それに驚いた結衣が転んで怪我でもしたら大変と、渚は先行する結衣の腕を取ろうと手を伸ばす。

 

「あれ?」


 あともうちょっとで手が届く。

 その矢先で急に結衣が速度を緩めて前を指差すと、渚へと振り返った。

 

「先輩、何やら様子が変ですよ?」

「え? あ、ホントだ」


 その指差す向こう、お堂の傍に大勢の人たちが集まって何やら地面を覗き込んでいた。


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