第54話:なぁ、いいだろう?
深夜11時のバスタイム。
それが最近の結衣のお楽しみだった。
大きなお風呂を独り占めできる贅沢。
そしてしばらくすると必ず現れて、あれやこれやと相談に乗ってくれる静。
身体も心もリラックスできるのが実感出来た。
おかげで最近は書道の調子もいい。
少し前までのスランプがウソのようだ。
「はぁ、ここは天国ですか」
湯船に身を沈めながら、お年寄りみたいな独り言を呟いてしまう。
でも、それも仕方のないことだろう。
24時間いつでも入れる大きなお風呂。
美味しい食事に、快適な寝床。
さらにはいくら渚が美人を引き寄せても、
結衣のことを実の娘のように可愛がってくれるお義母さんまでいるのだ。
まさに天国、今の結衣にとってこれほどまでに書道へ集中できる環境はない!
――って、少しは渚のことも構ってあげてくださいよ、結衣さん!!
「これなら県展で先輩と戦えるぐらいには……ん?」
ふと脱衣場に人の気配を感じる。
静だろう。
ただ、今日は静以外の気配もあった。
誰だろうと結衣が訝しんでいると……。
「おいっす、結衣ちゃん! お邪魔するぜぇ」
入ってきたのは、あろうことか渚の幼馴染・晶であった。
「え? なんであなたがここに?」
「んー、急に大きなお風呂に入りたくなってさー」
「だったら銭湯に行けばいいじゃないですか」
「こんな時間にやってねぇよ。だからおばさんに頼んでさ。てか、結衣ちゃん、意外とおっぱいあるんだな?」
「ちょっと! そういうことは思っていても言わないのが礼儀ですよっ!」
「いやいや、いいおっぱいはちゃんと褒めないと。いよっ、ナイスおっぱいっ!」
やっぱり苦手だと思わず顔を顰める結衣を、後から入ってきた静が何か微笑ましいものでも見たかのように顔を綻ばせる。
勘弁してほしかった。
「あ、おばさん、お風呂貰ったお礼に背中を流します!」
「なっ!? 静さんの背中は私が」
「結衣ちゃんは俺の背中を頼む。任せたぜ、相棒!」
「誰が相棒ですかっ!」
「あ、それとも俺が結衣ちゃんの背中を流そうか、デュフフフ」
晶が変な笑い声をあげながら、両手を開いて指をワキワキと動かす。
あ、絶対これ、どさくさに紛れて後ろから胸を揉んでくる奴だ。
そう悟った結衣は仕方なく晶の後ろに陣取るしかなかった。
「そう言えば結衣さん、作品の方はどう? 順調かしら?」
しばらく無言で目の前の筋肉質な背中をゴシゴシと洗っていた結衣に、静が声をかけてきた。
「はい。おかげさまで」
「あまり根を詰めちゃダメですよ」
「そうそう、たまには結衣ちゃんも遊びなって」
余計な口を挟むなとばかりに、さらに力を入れてゴシゴシ。
「痛ってぇ。結衣ちゃん、見かけによらずパワフルだな、おい!」
「あ、すみません。浴槽だと思ったら、晶さんの背中でした」
「しつこい水垢は綺麗に落とさないとね、ってなんでやねん!」
嫌味を言ったつもりが、何故かツッコミを入れられて大笑いされた。
「いや、そうじゃなくて結衣ちゃんも遊ぼうよって話! 渚も寂しそうにしてたぞ」
「はぁ」
「そのうち『結衣を書道に寝取られた―!』とか言って泣き出すぞ、あれ」
……ほう、それはちょっと見てみたいような気がする、なんて考える寝取られ主人公大好きな結衣さんである。
「とにかく海が苦手だったら山に行こうぜ、山!」
「いえ、別に海が苦手ってわけではないのですが」
「今度さ、山で肝試しをやろうって話があるんだよ。肝試しだからもちろん夜にやるし、その時間なら結衣ちゃんも書道はさすがに店じまいだろ? だからさぁ、なぁ、いいだろう?」
「……なんかそれだとまるで晶さんが私と遊びたがっているみたいですけど?」
肝試しをするというのなら、勿論、コンビを組むのは渚とだ。
晶とは決して組まない。
なのに晶はニィと笑って振り返ると、何故か結衣の耳に小さく囁いた。
「前に話した秘密基地なんどけど、実はまだあるんだよ。だから結衣ちゃんを連れていってやりたいなと思ってね」
ただし渚には内緒で、と続ける晶。
その意図を結衣にはどうにも測りかねた。
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