第53話:それってヤバくないか?

「なぁ、結衣ちゃんってさ、海とか苦手な人なのか?」


 合宿四日目。

 砂浜に座っている渚に、晶がそんなことを訊いてきた。

 

「え? なんで?」

「だって他の連中はみんななんだかんだで遊んでやがるのに、結衣ちゃんだけ真面目に書道してるじゃん」


 晶の言うように書研生たちが筆を一日中握っていたのは合宿開始の初日だけで、二日目以降はちょくちょく海に遊びに来ていた。

 今日なんか宿泊客のお姉さんたちも交えてビーチバレー大会なんかを開いている。

 

 かく言う渚も晶とペアを組んで、さっきまで一年生と宿泊客のグラビアアイドルのコンビと試合をしていた。

 今は健斗・セクシー女優ペアと、曜子・龍造ペアの試合を観戦中。

 

 相変わらず美人を引き寄せる異能が絶好調な渚である。

 

「一応断っておくけど、みんなもちゃんと書いてるよ。遊んでるのはあくまで気分転換」

「ふーん。でも結衣ちゃんは来ないじゃん」

「結衣は気分転換よりも集中したいタイプだからね。別に海が苦手とかはないと思う」


 まぁお嬢様だし、あまり日焼けしたくないだろうなとは思うけれど。

 でもその反面、「日焼け跡ってエロいと思いませんか?」なんて言って見せつけてくる姿も容易に想像出来た。

 

「なるほどな。でもさ、渚はそれでいいのか?」

「え?」

「渚だって結衣ちゃんと一緒に遊びたいだろ? せっかく海に来たんだし」 

「それはまぁ、そうだけど……」

「だろ? だったら早速誘いに行こうぜ!」


 晶が立ち上がろうとする。

 それを渚は小さく首を振って制した。

 

「やめてあげてよ」

「なんで?」

「だって今の結衣は何だか楽しそうに書いてるから」


 ゴールデンウィークが終わった頃から、結衣は画仙紙を睨みつけるように書くことが多くなった。

 筆を持つ指もそれまでは自然と添えるような感じだったのが、以降はどうも無駄な力が入っているように見える。

 

 それがどうだろう、ここ数日は何か憑き物でも落ちたかのように清々しい表情で、紙面を捕らえる穂先の動きも滑らかだ。

 

「そんな結衣の邪魔をしたくないんだ」

「へぇ」


 晶が感心したように呟くと、座りなおして渚の顔をジロジロと眺めてくる。

 

「な、なに?」

「いや、別に。それよりあの結衣ちゃんが楽しそうにしてるって想像できねぇな。何か楽しいことでもあったのかな?」

「なんでも最近は夜遅くに母さんと一緒にお風呂へ入ってるらしいよ」


 母親の静に関しては子供の頃から優しいという印象しかない。

 だからきっと結衣に対しても色々と心が楽になるアドバイスをしてくれているのだろうと、渚は思っていた。

 が。

 

「えっ!? それってヤバくないか?」


 何故か晶はぎょっと目を見開く。

 

「なんで? 別に問題は」

「だって静さん、もともとは男だったんだろ?」

「えっ!?」


 今度は渚が驚く番だった。

 

「なんで晶ちゃんがそれを知ってるの!?」

「なんでって、このあたりの人はみんな知ってるぞ、お前らのこと」

「ウソっ!?」

「ウソじゃねぇよ。てか、ずっと男だったのがある日突然、女に変わるんだぞ? 事情を知ってねぇと不気味で仕方ねぇだろ?」


 それはまぁ、そうかもしれない。

 でも、だとしたら……。

 

「……もしかして僕のことも知ってる?」

「ああ。10人にフられたら渚も女の子になっちゃうんだろ? 知ってる知ってる」


 渚は思わず絶句した。

 

「にもかかわらずあっさり9人と別れちゃうなんて。なんなの渚、ホントはお前、女の子になりたいの?」

「そんなわけないよっ! 別れた9人とだって僕は別れたくなかったんだ。でも、他の人に寝取られちゃって……」

「そして今度は実の母親に結衣ちゃんを寝取られそうになっている、と」


 あの優しい母がまさか、とは思う。

 が、元は男だったという事実がどうしても気になって仕方がない。

 

「どうしよう、晶ちゃん?」

「どうしようって……仕方ねぇなぁ、じゃあ今夜にでも俺も一緒に結衣ちゃんとお風呂に入って様子を探ってやるよ」

「ホント!? ありがとう、晶ちゃん!」

 


 しきりと感謝してくる渚に、晶は「まぁ任せておけ」と自信たっぷりに頷いた。

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