第52話:……ありがとうございます
「はぁ、やっぱり若い子の肌は綺麗ねぇ」
「いえ、そんな。静さんこそ」
静が背中を優しく洗いながらそんなことを言ってくるので、慌てて結衣はそう言い返した。
一体自分は何をやっているのか。
身体ならさっき湯船に入る前にちゃんと洗ったのに。
渚のお母さんということで背中ぐらい流した方がいいのかなと申し出たら、気が付けば自分まで同じことをしてもらっている。
さすがに「渚の彼女とこうするのが夢だったの」なんて言われたら断れなかった。
「結衣さん、渚との付き合いは大変でしょう?」
お互いに身体を洗い終わり、並んで湯船に入ると早速そんなことを言ってくる静。
「そんなことないですよ。先輩、とても優しいですから」
無難な返事を選ぶ結衣。
ウソは言っていない。
実際、渚はとても優しい。昼も、そして夜も。
「そうね、あの子に問題はないでしょう。でもそうじゃなくて、あの子の周りには次々と可愛い子が現れるでしょう?」
「え!? 知っておられるんですか?」
「勿論よ。だって私の時もそうだったもの」
結衣は驚いた。
まさかあの異能が遺伝によるものだとは思ってもいなかった。
「私の時もそりゃあ次々と現れてねぇ。大変だったなぁ」
「えっと、先輩から静さんは婿を貰ったと聞いています。てことは」
今とまるで逆。つまりは次々といい男が静たちのもとへ現れる光景を結衣は思い描いた。
それはさぞかし渚のお父さんは大変だっただろう。
でもそんなに先輩のお父さんってそんなに格好良かったっけ? とここ数日の記憶を辿る。
挨拶はした。もちろん。
でも印象はかなり薄い。祖父の龍造が強烈すぎたからだろうか。
「あ、そうか。結衣さんは当然知らないわね」
「何をですか?」
「ううん、なんでもないの」
静からすれば言えるわけがなかった。
まさか自分が元は男で、10人に寝取られて女になってしまったなんて。
「とにかく大変だったの。でも
「…………」
それは誰かに言われるまでもなく、結衣自身もずっと信じてきたことだった。
だからもし同じようなことを他の誰かに言われたら「そんなの当然ですよ」って答えたことだろう。
「……ありがとうございます」
だけどこうして渚の母親から言ってもらえて出てきた言葉は、心からの感謝だった。
気が付いたのだ、静にそう言われて心の底からホッとする自分がいることに。
やはり心のどこかで、いつか渚を誰かに寝取られてしまうのではないかという不安があったのだろう。
だから渚の母親である静に大丈夫と太鼓判を貰って、自然と感謝の言葉が零れた。
それどころか目元に熱いものが溢れそうになって、結衣は湯船のお湯を掬って顔をばしゃりと洗うことで胡麻化した。
「ふふふ。だから結衣さんもあの子のことを信じてあげてね」
「はい」
「ありがとう。何か困ったことがあったら、いつでも私を頼っていいからね、結衣さん」
静はそう言うと、結衣の頭をそっと抱き寄せる。
物心付く前に母親を失った結衣にとって、その愛情はどこまで温かかった。
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