第48話:秘密基地ってなんですか?

「うーん、風が気持ちいいね」


 すいかを食べ終わった渚は、夜の砂浜を歩いていた。

 晶が誘ったのだ。

 さっかくだからもっと話そうぜ、浜辺ならこの時間涼しいし、と。


 ただし、


「うーん、浜辺を歩く結衣ちゃんも可愛いっ!」


 当の晶は渚なんかほったらかしで、ずっと結衣にべたべた付きまとっていた。


「ちょっと、抱きつかないでください」

「ええー? いいじゃん、別に。女の子同士なんだし。それに浜風で涼しいから暑くもないだろ?」

「歩きにくいんですよ」

 

 ついさっきは「部外者は邪魔すんな」と言ったくせに、どうやら結衣のことを気に入ったらしい。

 ホント身勝手なもんだ。

 

「晶ちゃん、結衣が嫌がってるからやめてあげてよ」

「んー? じゃあ代わりに渚を可愛がってやるか?」

「え?」

「昔みたいにさ」


 ギクリとする渚。

 ピクンと身体を震わせる結衣。

 

 そんなふたりの反応に思わず吹き出す晶の笑い声が夜の海に響き渡る。

 

「冗談だって。本当に可愛いなぁ、お前ら」

「晶ちゃんの冗談は冗談に聞こえないからやめてよ」

「ごめんごめん。結衣ちゃんもごめんなー。大丈夫、渚を可愛がってやるって言っても、空手の稽古をつけてやるだけだから」

「……別に気にしていませんが?」

「うそつけー。結衣ちゃんにしてるみたいに、俺が渚へ抱きつくと思ったくせに」


 図星を突かれて密かにぐっと唇を嚙みしめる結衣。

 本当にやりにくい。

 

「それに子供の頃は渚の方から俺に抱きついてきたんだぜ? どこに行くにも『晶ちゃん、晶ちゃん』って抱きついてきてさ」

「ち、違うよ! それは晶ちゃんが危ないことをしようとするから僕が必死に止めていただけで」

「そうだったっけ? でも抱きつき癖はあったよな、お前?」

「そうなんですか、先輩?」


 ちなみに結衣は渚からあまり抱きつかれた記憶はない。

 むしろ抱きつくのは結衣の方だ。

 

「そんなわけないよ!」

「そうかぁ? でも喧嘩の度に俺へ抱きついてきたじゃねぇか」

「それは僕が爺ちゃんに習ったのは投げ技や関節技がほとんどだったから! それに晶ちゃんに空手で勝てるわけないでしょ!」

「あー、そうだったっけ。俺、てっきりお前が女の俺に抱きつきたくてわざと喧嘩をふってきてるのかなって思ってた」

「抱きつきたいって……僕、さっきまでずっと晶ちゃんは男だって思ってたんだけど」

「あ、そうか。でも、実は男同士の恋愛に興味があったという可能性も」

「ないない! そんなのないよっ!」

「……先輩?」


 必死に否定するのがむしろ怪しいと見つめてくる結衣に、渚は「勘弁してよ」と頭を抱えたくなった。


 晶は幼馴染で親友だが、昔からこういう意地悪なところがある。

 そんな晶に渚はいつも振り回されて大変だった。

 そして大変と言えば……。

 

「そう言えば秘密基地、もうかなり前に解体されたんだってね」


 渚は海とは逆方向、町を飲み込むように聳え立つ山々へ視線を向ける。

 

「ああ。渚が中学に行ってしばらくしてからかな。俺たちが遊んでいることが大人たちにバレて、さすがに危ないからって」

「爺ちゃんも景観がどうのこうの言ってたしなぁ」


 懐かしい眼差しで山を見つめる渚と晶の瞳には、かつての光景が見えているかのようだった。

 

「あの、秘密基地ってなんですか?」


 そんなふたりを見て、結衣は興味を覚えて尋ねてみた。


「うん。僕が子供の頃、山のあの辺りに潰れたホテルがあったんだ。危ないからってずっと封鎖されていたんだけど、ある日、晶ちゃんが抜け穴を見つけてきてさ」

「そう、それで渚と一緒に幽霊ホテルを冒険したんだ」

「正確には怖いから嫌だって泣き叫ぶ僕を無理矢理引っ張って言ったんだけどね」


 あの日の事を渚はよく覚えている。

 危ないから絶対に近づくなと龍造たちからもキツく言い渡されていたし、なにより幽霊ホテルと呼ばれるぐらいに不気味な雰囲気があったから渚は近づくことすら嫌だったのだ。

 

「でもそういう場所ほど子供たちにとっては最高の遊び場じゃん。長い間放置されていたから荒れ放題だったけど、かくれんぼしたり、冒険ごっこしたりして楽しかったよな」

「うん。結局みんなで秘密基地にしちゃったんだ」


 大変だったけど、最高に楽しい想い出だった。

 その想い出の場所がもう無いのは、単純に寂しい。


 確かに景観的には問題があっただろう。

 でも幽霊ホテルも含めた風景が、渚にとっての懐かしい地元の景色だった。

 

 もはや記憶の中にしかないその様子を、瞼の奥に見る渚。

 そんな渚に晶が何か言おうとしてやめたのを、結衣は見逃さなかった。


 一体何を言おうとしたのか。

 それを結衣が知るのは、しばらく後のことになる。

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