第47話:どんな顔するのかなって

 突然現れては、結衣に向かって「部外者は邪魔だからあっち行ってろ」と言ってのけた晶。

 その晶は今、縁側に座ってスイカを食べていた。

 胡坐をかいて、清楚なワンピース姿が台無しだ。しかも


「じょーだん。あんなの、冗談に決まってんだろ!」


 豪快に笑うと、口に含んでいたスイカの種をぷぷぷっと庭に吹き飛ばした。


 これには座敷でスイカを食べながら、さりげなく様子を伺っていた健斗たちも驚いた。

 立派なお屋敷である。当然、庭もしっかり整備されていて、ゴミどころか落ち葉ひとつもない。


 なのにそんな庭に向かってスイカの種を撒き散らすとは。

 

 渚の幼馴染で、しかも先ほどの食卓にあがったマグロを持ってきた家の娘だとは聞いている。

 それにしてもこんな大胆な行動が許されるとは、よっぽどの関係なんだろうなと予想された。

 

「ちょっとからかっただけじゃん。渚も分かってんだろー」

「そりゃあまぁ……」


 そう問いかけられて、晶の隣に座っていた渚はもごもごと小さく答える。

 

「そうだよなー。だからそんなに怒んなってばよー、お嬢さん」


 渚の反応に加勢を得たように、晶は渚を挟んで向こう側に座る結衣へと話しかけた。

 

「……別に。怒ってはいません」

「怒ってるじゃんか、その顔」

「生まれつきこういう顔なんです」

「えー、勿体ねぇ。せっかく可愛い顔してんのになー」


 しゃくり。

 晶が結衣を見つめながらスイカに齧りつく。

 

 ぷぷぷ。

 そしてあろうことか今度は種を結衣の顔めがけて吹き飛ばしてきた。

 

「ちょ! 一体何するんですかっ!?」


 さすがにこれには結衣も声を荒げて抗議する。

 

「いや、本当に怒ったらどんな顔をするのかなと思って」

「は? なに言ってるんですか、あなた?」

「だって怒ってないって言うからさー。んじゃ、本当に怒ったらどんな顔するのかなって」


 だからってスイカの種を他人の顔めがけて飛ばしてくるか?

 結衣は怒りを通り越して呆れてしまった。

 

「先輩、なんですか、この人?」

「ごめんね。昔からこういうことするんだよ、晶ちゃんって。でも悪気はなくて根はいい人だから」

「悪気がないのにこんなことをする人のどこが……」


 と、そこで結衣は晶がじぃっとこちらを見つめていることに気が付いた。

 

「な、なんですか? 人の顔をじぃっと見て」

「ん。いや、やっぱり可愛い顔してんなーと思って」

「は?」

「さっきはせっかく可愛いのに怒り顔で勿体ねぇって言ったけどさ。こうして見たら怒った顔も実は滅茶苦茶可愛いじゃねぇか。一体どうなってんだ、あんたの顔?」

「どうなっているって……え、ちょっと何を言って」

「なぁ、渚。お前もそう思うよな?」

「え? あ、うん。そうだね、結衣は怒った顔も可愛いよ」


 いや、実際は今まで怖いとしか思わなかった渚である。

 が、言われてみれば確かに結衣は怒り顔も悪くない。

 いつもの澄ました顔よりも感情が出ている分、もともとの顔の良さが逆に引き立っているように感じる。

 

「せ、先輩まで何を言うんですか……怒っている顔が可愛いなんて」

「お、照れてる顔も可愛いっ!」

「あ、あなた! ちょっと、いい加減に」

「あなた、じゃなくて、晶って呼んでくれ。あ、そう言えばあんた、名前は?」

「くぅ。もう一体なんなんですか、あなたは!?」


 結衣の口から堪らずそんな声が漏れ出る。

 いきなり「よそ者は邪魔すんな」と言ってきたかと思えば、スイカの種を顔めがけて飛ばしてくるし、怒り顔が可愛いとか言ってくるし。

 そして今度は名前を訊いてきた。今更にもほどがある。

 

 結衣の人生の中で自己中心的な人間は腐るほどいた。

 それは相手を意のままに操ろうとする意志の表れ、まるで水を自分の好きな形の容器に入れて閉じ込めるかのような連中だった。

 

 が、晶のは自己中心的というよりも自由奔放。

 相手を操ろうというよりも自由気ままに思いついたことを即実行して、その反応を楽しんでいる。

 

 こんなタイプは初めてだ。

 

 結衣は戸惑いながら「神戸結衣ですけど」と答えた。

 

「おおっ! 結衣ちゃんは戸惑う顔も可愛いな!」


 するとこの反応。

 名前を可愛いと言われたことは何度もあるが、戸惑う姿を可愛いなんて言われた事は初めてだ。

 

 だからホントやりづらいなと感じるのだった。

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