第44話:よくやったぁぁぁぁぁ

「うわぁ」


 渚の実家を初めて見た結衣は、思わず感嘆の声をあげた。

 

 結衣の家も勿論、大きい。

 が、渚のそれはまるで規模が違う。

 純和風の広大な庭に、これまた平屋建てながらも巨大な和風建築。

 まさしくお屋敷とはこのことだ。

 

「結衣、気分はもう大丈夫?」

「あ、はい。おかげさまで」


 話には聞いていたが想像以上のお屋敷に圧倒されている結衣の横で、渚が自分と結衣の荷物を車から降ろして玄関へ向かって歩きだす。


「あ、私の分は自分で運びますよ」

「いいからいいから。任せて」

「でも」

「それに結衣に運ばせたら、爺ちゃんに怒られるから。『女の子の分も運んでやらんかっ! この馬鹿たれがっ!』って」


 笑って渚はそう言うものの、『爺ちゃん』って言葉に結衣は思わず背筋を伸ばす。

 そうか、いよいよ渚の家族とご対面か……。


 さっきまで車酔いを必死に治そうと、出来る限りそのことを考えないようにしていた。

 おかげでかなり気分は持ち直したが、さすがにいよいよその時が迫ってくると緊張がぞわぞわと身体全体を包み込んでくる。


 ああ、胃がキリキリ痛むぅ。

 

「渚です。ただいま、帰りましたー!」


 が、そんな結衣の気持ちなんかお構いなしに、渚は玄関先で大きな声を上げた。


 奥からドタバタと廊下を走る音。

 元気そうなお爺さんが現れたと思ったら。

 

「遅いわッ! この愚か者めッ!」


 長い廊下を生かした助走からジャンプして、いきなり渚へドロップキックをかましてきた。

 

「じ、爺ちゃん、腰を痛めたって聞いてたけど!?」

「んなもん、気合で治したわっ! それよりも遅い! 遅すぎるぞ、渚ッ! 他のご学友の皆さまはもうとっくにお着きになっているというのに、お前はどこで油を売っておったんじゃああああ!」

「ちょっとトラブルがあったんだって!」

「ToLOVEるじゃと!? おぬし、一体ナニをしておったぁぁぁぁぁ!」

「うわあああああああ!! 爺ちゃん、ギブ! ギブぅぅぅぅ!」


 ドロップキックは躱されたものの、すかさず立ち上がって渚の身体に手足を絡め始める爺さん。

 今度は抵抗する暇もなく、あっという間に卍固めに決められてしまう渚。

 果たしてこんな立派なお屋敷の玄関前でやることだろうか。

 

 いきなりの展開に結衣が呆気に取られていると、今度は静々と音も立てずに綺麗な和服姿の女性が玄関先に現れた。

 

「お爺ちゃん、そんなにはしゃぐとまた腰を痛めますよ」

「ええい、止めるな、しずッ! この不甲斐ない孫をシャキっとさせられるなら、ワシの腰の一本や二本」

「腰はひとつしかありません。それにその不甲斐ない孫が、凄く可愛らしいお嬢さんを連れてきたみたいですよ?」

「なんじゃと!?」


 言われて渚にかけていた卍固めを解くと、爺さんは辺りをきょろきょろと見渡し始めた。

 曜子と目が合う。

 

「あれは……違うの」

「なんでやのん!」


 曜子が失礼なと地団駄を踏む。

 そこからさらに数メートル横に視線を向けたところに、結衣が立っていた。

 

「お……おおっ!?」


 結衣を見て、爺さんの口から感嘆のような声が漏れる。

 そして慌てて渚へ振り返ると。

 

「よくやったぁぁぁぁぁ、渚ぁぁぁぁぁぁ!!」


 さっきまでの叱咤から一変、渚のことを褒め始めた。

 

「これほどまでに可愛らしいお嬢さんを連れて帰ってくるとは! 渚よ、ワシはおぬしを信じておったぞ!」

「さっきまで不甲斐ないとか怒ってたけど?」

「あれは軽いジョークじゃ」

「卍固め、本気でかけたでしょ?」

「なーに、久しぶりに孫と会えたジジの戯れじゃよ」

「ホントかなぁ?」

「ホントホント。それよりもよくやったぞ、渚ッ! これでこそワシも楽しい夏を過ごせるというもんじゃあああああああ!!!」


 大喜びする爺さん。

 ここまで喜んでもらえると、結衣もまんざらではない気持ちになる。


 でも、最後の物言いに何か引っかかるものを感じるのだった。

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