第45話:……いいえ、別に

「がっはっは! いやぁ、やっぱり大勢で食べる食事は楽しいのォ!」

 

 その日の晩。 

 夕食の席にて渚の祖父・龍造たつぞうは上機嫌だった。

 

 まるで立派な旅館のような渚の実家だが、あくまで民宿という形態をとっている。

 なので食事は決まった時間に、家族を交えて宿泊者全員が同じテーブルを囲んで食べることになっていた。

 

 本日は肉も魚も贅沢に振舞われ、しかもマグロの解体ショー付き。

 孫が可愛い彼女を連れてきたということもあって、さぞかし龍造も気前よく……と思われるのかもしれないが。

 

「なるほど。あの姿を見ていると本当に先輩のお祖父さんなんだなぁと実感出来ますね」

「ええっ、なんで!? 僕、爺ちゃんとは全然違うよッ!」

 

 解体されたマグロを口に運びつつ、しれっとそんなことを言う結衣に渚は必死に反論した。

 正直、さっきからどうにも居心地の悪さを渚は感じている。

 と言うのも大学のみんなや他の宿泊客たちも見ている前で龍造が

 

「ほら、たっちゃん、あーん」

「もぐもぐ。うむ、美味い! さすがはワシが捌いたマグロじゃ!」

「こんな立派なマグロ、本当に特別料金とかなくていいんですかぁ!?」

「勿論じゃ! こやつもこんな綺麗なお嬢さんたちに食べてもらえて喜んでおるじゃろう!」

「きゃー、たっちゃん、ステキー!」

「いやいや、嬢ちゃんたちも素敵じゃぞ。ワシ、もう辛抱できんぞい」

「いやん、もう、たっちゃんったらぁ!」


 こんな感じで宿泊客の女の子たちを侍らせてデレデレしまくっているからだった。


「爺ちゃん、恥ずかしいからもう勘弁してよ」

「ちなみに先輩も女の子と話している時はあんな感じですよ?」

「ウソ!?」 


 思わぬ指摘に渚は目を見開いた。

 他の女の子と話した後に結衣が不機嫌っぽくなることには渚とて気付いている。

 でも意外と結衣って嫉妬深いんだなと思うぐらいだった。

 

 それがまさかあんなデレデレな対応をしていたなんて。

 

 まさに他人の振り見て我が振りなおせ。

 龍造の姿に自分の行動も気を付けようと考え直す真面目な渚である。

 

「はぁ、しかし、お祖父さんの狙いはこういうことでしたか」


 そんな冗談を真に受けた渚の横で、結衣は先ほど抱いた違和感の理由に納得していた。

 結衣を可愛い彼女だと褒めたたえたのはいいとして、問題はその後に発した「自分も楽しい夏を過ごせる」という言葉。

 どうにもこれが繋がらなかった。


 が、結衣たちの到着から一時間後にやってきた美人OL二人組の大きな胸元に、今にも顔を埋めそうな龍造の姿を見て完全に理解した。

 

 どうやら龍造も渚の特異体質を知っているらしい。

 だから結衣を見て、これは美人が次々とやってくるぞと喜んだのだろう。

 

「まぁ、ああして相手してくれるとこちらも助かるのですが」

「ん? 結衣、なんか言った?」

「いいえ、なにも。それよりもホントにいいんですか? こんなご馳走、本来ならとんでもないお値段だと思うんですけど?」 

「うん。僕の家、もともとはこの辺りの漁師を取り仕切っていた網元でさ。漁師をやめた今でも近所の人からなにかと貰えたりするんだ」

「でもさすがにマグロ丸ごと一本はあり得なくありませんか?」

「あ、それはそうだね……。うーん、まさか爺ちゃん、あの子たちにカッコいいところを見せようと思って」


 その時、渚の頭をコツンと叩く者がいた。

 

「こーら、渚。久しぶりに戻ってきたのに、お祖父ちゃんのことを悪く言う孫がどこにいますか」


 渚の母、静だった。

 

「このマグロはね、渚が帰ってくると聞いたからってあきらちゃんのお父さんが持ってきてくれたの」

「そうなの? でもなんで晶ちゃんのおじさんが?」

「さぁ。でも、大学ではどうせ碌なものを食べてないだろうから、これを食べさせて体力をつけさせてやんなって言ってたわねぇ」

「ふーん」 


 と、そこで龍造に呼ばれて静はそちらの方に行ってしまった。

 静にさりげなく訊こうとした結衣は、仕方なく渚に尋ねるしかなかった。


「あの……晶って方はどちら様ですか?」

「ああ、晶ちゃんは僕の幼馴染だよ」

「幼馴染……」

「うん。僕より一歳年上のガキ大将でさ。僕のことを家来かなんかかと思っていて、よくカラテの実験相手にさせられたっけ」

「ガキ大将? ってことはその晶さんって男の人なんですか?」

「そうだよ。あれ、もしかして『ちゃん』付けで呼ぶから女の子だと思った?」

「……いいえ、別に」


 結衣はすまし顔で答えるも、内心はほっとしていた。

 そりゃそうだ。『ちゃん』付けしている親しげな子の親が、渚の為にマグロを丸ごと一本贈ってきたのである。

 絶対また厄介な敵が現れたぞと思わず身構えてしまった。

 

 でも、そうか、男なら別に……。

 

 その時、家の入り口のほうから「ごめんくださーい」と声が聞こえてきた。

 男っぽいけれど、間違いなく若い女の声だった。

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