第42話:いい一日でした
「つ、疲れました……」
結衣がなんとか自分の部屋まで辿り着いた時には、既に日が変わろうとしていた。
雛子と菱本を完膚なきまま撃退したところまでは良かったと思う。
が、どうやって帰るかまでは考えていなかった。
さすがに連続ビンタと金的まで食らわせておきながら、車で送ってくれと言うわけにもいかない。
なので仕方なく渚と電車で帰ることになったのだが、思った以上に時間がかかって大変だった。
「まぁ、でもその甲斐はありましたね」
遅い時間にもかかわらずバスタブに湯を張って、結衣は身体をゆっくりと湯船に沈めていく。
疲れているからシャワーで簡単にではなく、疲れているからこそお風呂に入るのだ。
ああ、溜まっていた疲労がお湯の中に溶け込んでいく……。
「はふぅ」
思わず幸せそうな声が出た。
いや、幸せそうなではない。結衣は幸せを感じていた。
疲れてはいたが、それ以上に満足感を覚えていた。
ほんの一か月ぐらい前まではイライラすることが多かった。
それは書道ド素人の渚に負けた自分への苛立ちもあったが、それ以上に渚の態度がどうにも癪に触って仕方がなかった。
渚が自分に気を遣ってくれているのは分かる。
自分を他の男に盗られたくないと必死なのも分かる。
だけどそれで変に慰められたり、自分の行動を束縛されるのは嫌だった。
とは言っても下手にそれを訴えては、なんだか自分の我が儘を渚に押し付けているだけのような気もする。
それに自分の気持ちをただ伝えるだけでは意味がない。
伝えた上でしっかり理解してもらわないと、やっぱり「お嬢様らしい我が儘だなぁ」と思われておしまいな可能性もあった。
そこに偶然起きた合コン事件は、まさに渡りに船だった。
お互いに言い訳の出来ない状況で、ふたりとも危機感を感じながら、結衣は自分の気持ちを素直に渚へぶつけることが出来た。
おかげで渚も理解してくれた。
もしあの事件がなければ、今もきっとイライラしていたことだろう。
菱本と雛子にはホント感謝しかない。
加えて今日のダブルデートだ。
当初の予定では渚との仲睦まじい姿を雛子に見せつけるつもりだった。
が、相手に菱本がいるとなると話は異なる。
結衣は先の合コンで菱本の本質を見抜いていた。
こいつは相手を貶したり邪魔をしたりして相対的に自分を良く見せるタイプだ、と。
駆け引きがまだまだな渚では到底敵わない相手だった。
ならばと結衣は独断で計画を変更する。
間違いなく渚の結衣へのアクションは全部、菱本に阻止されることだろう。
そんなダメダメな自分は結衣には似つかわしくない、そう渚に思い込ませるよう菱本が追い込んでくるはずだ。
それでもなお渚は自分自身を信じ、結衣を信じることが出来るか。
これは賭けだった。
もしかしたら雛子に渚を盗られてしまうかもしれない。
でも、結衣は、自分のことを信じると言ってくれた渚を信じることにした。
そして賭けに勝った。
頂上へと向かうゴンドラの中で菱本の身体越しに見えた、抱きついてくる雛子を悠然と押し返す渚の姿が結衣は心から嬉しかった。
また、そんな結衣の反応に勘違いした菱本が口づけしようと近づける顔を思い切り引っ叩くのは、サイコーに気持ちが良かった。
まぁ、嬉しいのと気持ち良さで思わず何往復もビンタをし、最後には金的まで食らわせてしまったのはやりすぎかもしれないが。
本当に疲れた一日だった。
しかし、それ以上に実りある一日でもあった。
「ホント、私を寝取られそうになっている先輩の表情も堪能できたいい一日でした」
……最後の最後で台無しにしてしまう結衣さんだった。
――作者より――
これにて第三章も完結です。
いつもお読みいただきありがとうございます。
厄介なふたりを退け、お互いの理解度を深め合った今回の話はどうだったでしょうか?
よかったよーって人は是非評価の星を入れてくださいね。
皆さんが思っている以上に星の投入が執筆に疲れた作者を蘇らせます、何度でも(スラダン三井風に)。
さて明日からは第4章『懐かし気分もやもや気分』が始まります。
舞台は夏。
そして夏と言えば海。
ふたり……どころか書道研究室の学生たちで向かった先、そしてそこで待ち受けるものは?
どうぞご期待ください。
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