第39話:決まってるじゃないか

 思えば雛子のお相手はもしかしたら菱本かもしれないと、事前に疑うべきだったのかもしれない。

 とにかく菱本という突然場に切られたジョーカーは、完全に渚の計画を狂わせた。


 例えば結衣の為に飲み物を買いに行こうとしたら既に菱本が買っていたり。

 ベンチへ座る時には渚よりも早くさりげなくハンカチを敷いたり。

 日差しが強くなってきたら日傘を取り出して直射日光を遮ってあげたり。

 

 しかもそれらを結衣だけじゃなく雛子にも満遍なく気配りしてみせる完璧さ。

 そもそもこの思わぬハプニングに戸惑うばかりで言葉少なげな渚に対して、菱本はみんなを楽しませようと絶妙なトークを次々と披露していく。

 

 まさに渚の完敗だった。

 

「それにしても神戸さん、ジェットコースターで全然悲鳴あげなかったね」

「はぁ。別に大したことありませんでしたし」

「えー!? あれで大したことないって本気ですかー? もしかして結衣さんってジェットコースタージャンキーなのですー?」

「それにお化け屋敷でも顔色ひとつ変えなかったし」

「だってお化けなんているわけないじゃないですか」

「でもでも、あのゾンビ、すっごくリアルでしたよー? 私、思わず先輩に抱きついちゃったましたしー。ねー、先輩?」

「あ、うん……」


 おかげで一通り遊園地を楽しみ終えた頃には、渚はすっかり意気消沈してしまっていた。

 これではいけないと思っているのに、菱本との差にどうしても負い目を感じ、自信喪失してしまう。


 ちらりと横目で結衣を見る。

 結衣は楽しいともつまらないとも言えない、学校でいつも見ているすまし顔をしていた。

 

「さて、次はゴーカートにでも乗ってみようか?」

「えー? でも私、運転免許とか持ってませんよ?」

「大丈夫だよ。遊び用だから免許とかいらないから」

「でも車の運転とかちょっと怖いから、菱本さんと渚先輩でやってきてくださいよー。女性陣はここで見ていますから。ね?」


 雛子が結衣の右腕に手を絡めて抱きつく。

 結衣は少し嫌そうな表情を浮かべるも、拒否も否定もしなかった。

 

「そっか。じゃあ渚君、僕たちだけで楽しもうか」

「…………」

「あ、渚君までやらないとかは無しだからね。僕だけとか恥ずかしすぎるから」


 さすがに雛子みたいに渚の手を取ったりはせず、ひとりゴーカート場へと歩き出す菱本。

 その背中を追いかけるように渚は歩き出す。


 が、すぐに小走りとなって菱本を追い抜いた。


 意地だった。

 背中を追いかけるその構図がまるで今の自分と菱本の力関係みたいで、それを少しでも変えたくて気が付いたら走り出していた。

 

「おっ、渚君、やる気満々だね。だったら」


 そんな渚に菱本が後ろから声をかけてくる。

 

「ただゴーカートを運転するだけじゃつまらないからさ、ちょっと賭けをしないか?」

「賭けって一体何を?」

「決まってるじゃないか」


 菱本が足を止めて振り返った渚を再び追い越し、その際にふたりにしか聞こえない声量で囁く。

 

「勝った方が観覧者で一緒に乗る女の子を決めようよ」

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