第38話:先日のことは水に流して、さ

 雛子にダブルデートの件を結衣も了承したことを伝え、そして迎えた7月中旬の日曜日。

 まだ朝も早いことからそれほどでもないが、梅雨も終わったこともあって日中は今年に入って一番の暑さになると天気予報が告げていた。

 

 つまりはダブルデートにはもってこいの青空日和。

 行き先は隣の県にある遊園地らしい。

 車は雛子の相手が出してくれるそうだ。


 渚はTシャツとジーンズにリュックサック。.

 結衣は透明感のあるターコイズブルーのティアードワンピースに巾着袋。

 待ち合わせ場所の駅前ロータリーに、約束の時間よりも少し早く到着したふたりは、仲良く手を繋いでいたりする。

 

 日曜日とあって


「な、なんであんたがここに!?」


 が、そこに現れたのは渚の予想もしていない人物だった。

 

「あれ? 私、言ってませんでしたっけー?」


 驚いて指差す渚に、待ち合わせ場所にやって来た車の助手席から降りてきた雛子が「おっかしーなー」と頭を傾げる。

 渚と同じく上はTシャツに、下は健康的な太ももを大胆に露出したホットパンツというラフな格好。

 どこで買ったのか、Tシャツの胸の部分には「MECCHA OOKII!!」とロゴがプリントされている。

 

「なんでってそりゃあ僕が彼女をデートに誘ったからだよ」


 そして運転席の窓から顔を出して爽やかに歯を輝かせるのは――。

 

「ちょっと待って! 小泉さんのデートの相手って菱本さんなの!?」

「はいー。言ったと思ったんですけどー」

「聞いてないよ! 全然聞いてないっ!」


 渚が眉を八の字型に曲げながら頭をぶんぶんと振る。

 そんなの困ると、顔全体を使って最大限のアピールだ。


「まぁまぁ、どうだっていいじゃないですかー、そんなことー」


 が、雛子は全く意に介すことなく渚の脇をすり抜けると、その背後で澄まし顔をして立っている結衣に「うわー、結衣さん、めっちゃ可愛いー!」といきなり抱きついた。


 決して小さくはない自分のそれに、しかし遥かに越える大ボリュームと圧倒的な弾力性を持った雛子のおっぱいを押し付けられて、結衣はかすかに眉をしかめる。

 

「……すみません、暑いのでくっつかないでもらえますか?」

「えー? まだ今は涼しいぐらいですよー。もしかして結衣さんって暑がり?」

「そうです。なので離れてください」


 結衣が雛子をひっぺり返そうとその両肩に手を置く。

 一方、雛子も負けじと「やだ! 離れないー!」と結衣の背中に回した両手をぎゅっとホールドした。

 

 かくして始まる女相撲夏場所。

 まるでこれから起きる波乱の一日を象徴しているかのようだ。

 

「ははは。女の子同士じゃれ合うのはそれぐらいにして、そろそろみんな車に乗って。出発しよう」


 そんなふたりの戦いをじゃれ合いと評して、菱本はぷっぷーとクラクションを鳴らす。

 四人には広すぎる大型ミニバンだ。

 ナンバープレートから察するにレンタカーらしい。

 今日の為に菱本が借りてきたのだろう。

 

「……菱本さん、僕が運転します」

「ん? 君、普段はどんな車に乗ってるの?」

「軽ですけど……」

「だったらやめておいた方がいいな。君、免許を取ってまだ一年も経ってないだろう? この手の車の運転経験もないはずだ。安心しなよ。僕は馴れているから」

「でも……」

「いいからいいから。まぁ、それはともかく今日はよろしく頼むよ。先日のことは水に流して、さ」


 水に流してと言われてもいまだ激流の中じゃないかと渚は疑い深い眼差しを菱本に送る。

 それを相変わらず涼しげな表情で受け流す菱本は、一体何を企んでいるのやら。

 

 かくしてそれぞれの思惑を乗せたダブルデートは、まず菱本・小泉ペアの先勝と言う形で始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る