第36話:ダブルデート、しませんかっ!?

 結衣となんとか仲直りが出来た渚。

 が、健斗がよりにもよって、小泉雛子に渚の携帯番号を教えてしまった。


 きっと何か仕掛けてくる。

 

 渚は更なる波乱の予感に身構える

 ここは結衣の期待に応えるためにも、男らしく雛子との関係にNOを突きつけたいところなんだけど……。


「……あのさ」


 スマホで話す渚の声色には困惑や苛立ち、さらには大迷惑という感情が色濃く滲み出ている。


 時間はとうに午前0時を過ぎていた。

 加えて自分は結衣という愛しいカノジョがいる。

 なのにこんな時間まで赤の他人である男女が、他愛のない話を電話でするのはどうなのだろうか?


 あと純粋に眠い。もう寝たい。

 

「どうして毎日電話してくるのさ、小泉さん!?」

 

 だから言葉そのものにも「迷惑しています」というニュアンスをたっぷり含ませているつもりだった。


「そりゃあ先輩のアドレスを知っているからですよー」

「いや、僕の言いたいことはそういうことじゃなくて!」

「いいじゃないですかー。学部は違いますけど同じ大学の先輩後輩の仲なんですから、相談に乗ってくださいよー」


 なのに渚の迷惑もなんのその、雛子は全く意に介することなくケラケラ笑う。

 

 そもそも「結衣と別れて自分と付き合ってくれ」と言ってくるだろうと予想していたら、意外にも「男の人に告白されたんだけど返事をどうするか迷っている。相談に乗って欲しい」と言ってきたので気を許したのが間違いだった。

  

 おかげでここのところは毎日のように夜遅くまで付き合わされている。


「それに結衣さんって夜遅くには電話してこないんでしょー? だったらいいじゃないですかー」


 おまけに人のいい渚は、そんなことまでついつい話してしまった。

 

 そう、夜遅くはつまらないことで電話やメッセージを送ったりしない。

 それは渚と結衣が付き合い始めた頃に作った約束事のひとつだった。


 結衣曰く、毎日学校で会えるし、どうでもいいことをわざわざ電話で話す必要はないし、「おやすみ」とか「また明日」とかそんなたわいのないメッセージを送りあうのも無意味、らしい。

 

「そうだけど困るんだよ。それに最近はほとんどおしゃべりばかりで、当初の相談内容は全然出てこないじゃないか」

「ああ、それなんですけどー、実は今度遊びに行かないかって誘われていて悩んでいるんですー」

「だったらそれを最初に言おうよ!」


 ここまで1時間以上に渡って、やれ人気スイーツだの話題の漫画だのって話は一体なんだったのか?


「あははー。先輩とおしゃべりするのが楽しくてつい忘れてましたー」

「……君、本当は悩んでないでしょう?」

「そんなことないですよー。で、どう思います? 遊びに行っていいと思いますかー?」

「相手のことをよく知らないから返事に困ってるんでしょ? だったら相手を知るいい機会だと思うよ」

「でもー、どさくさに紛れてラブホテルに連れ込まれたりするかもしれないじゃないですかー?」

「そんな奴なの!?」

「分かりませんよー。可能性の話です。でも絶対そんなことはないなんて言いきれないじゃないですかー」

「だったらデートは断ったら?」

「でもそれだと相手のことをよく知らないままですよー」


 だったらどないせっちゅうねん。

 思わず関西弁でのツッコミが心の中で炸裂する渚。

 

「それでですね、先輩、お願いがあるんですけどー」

「なんか嫌な予感がするんだけど?」

「ダブルデート、しませんかっ!?」

「絶対ヤダっ!」

「えー、なんでですかー!? 可愛い後輩がこんなに頼んでいるのに―」

「あのねぇ、ダブルデートってことは僕だけじゃなくて結衣も一緒に行くってことでしょ? 結衣が小泉さんと一緒に遊びに行きたいと思う?」

「思いますけど?」

「ありえないことを即答しないでくれる? てか、結衣にこのことを話さなきゃいけない僕の身にもなってよ」

「だったら私から直接お願いするので、結衣さんのアドレス教えてもらえますか?」

「嫌だ」

「だったら健斗先輩から聞き出すまでですー」

「やめて。健斗は女の子のお願いならなんでも聞いちゃうからマジでやめて」


 雛子のこれまでの行動力から察するに、もしここで断って電話を切ったら雛子は即座に健斗へ連絡を取り、続けて夜遅くもお構いなしに結衣へと電話をかけることだろう。

 

 明日、いやもう今日なのだが、顔を合わせた時の結衣の怒りの表情を想像して渚はため息をついた。

 

「分かったよ。とりあえず僕の方から結衣にそれとなく話をしてみる」

「ホントですかっ!?」

「でも結衣がダブルデートを拒否しても彼女に直接交渉しようなんて考えないでよ?」

「分かりましたー」


 いい返事ではあるのだけれども、どうにも信用ならない。

 それが小泉雛子という女の子であった。

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