第35話:先輩は隙だらけです

 ストン、と。

 結衣の話を聞いて、渚は全てが腑に落ちた。

 そして言われて初めて、渚は結衣の意思を考えていなかったことに気が付いた。

 

 結衣を盗られたくない。

 だから彼女の自由を考えずに他の男たちから距離を取らせた。

 結衣に嫌われたくない。

 だから彼女の性格も考えずにただ優しい言葉や態度で接した。


 中には良かれと思ってやったことも多々ある。

 けれど結果として結衣にストレスを与えていたことにようやく渚は気が付いた。

 

「……ごめん」


 渚の口から再び謝罪の言葉。

 ただし今度はちゃんと結衣の気持ちを理解して。


「それは一体何に対する謝罪でしょうか?」


 これまた繰り返される結衣の問いかけ。

 でも今度はちゃんと渚の目をしっかりと見つめて。

 

「言われてみれば確かに僕は結衣のことを子供扱いしてたと思う。だから、ごめんなさい」

「はい。では今後、渚先輩はどうなされるおつもりですか?」

「結衣のことをもっとよく知って、結衣を信頼して、結衣にもっと寄り添えるように努力するよ」

「うん。期待してますよ、先輩」


 そう言って結衣はほぅとひとつ息を吐いた。

 それを見て渚も安堵の息を――。

 

「ではそんな渚先輩にひとつ要望を出します」

「うえ!?」


 いいや、そんな暇を結衣は与えない。


「私への態度を改めると同時に、先輩はもっと自分に自信を持てるようになってください。それこそ私がもっと先輩のことを好きになって、誰にもその心は奪えないと思えるぐらいに」

「う、うん! 頑張る!」

「そしてこれはアドバイスですが、私は慰められるより威張られる方が断然やる気の出るタイプです」

「え?」

「つまり『書道ド素人の僕が結衣に勝っちゃうなんてただのビギナーズラックだよ。どんまい!』より『はっはっは! 結衣、書道で僕に勝とうなんて100年は早いんじゃないかな? ああ、敗北が知りたい』の方が望ましいと言っているのです」

「ええっ!? それってすごくムカつかない!?」

「ムカつきます! でも前者は私自身の不甲斐なさにムカついて落ち込みますが、後者だと純粋に先輩へムカつくだけですから怒りがパワーになるのです。いつか先輩を倒してその自信をへし折ってやるぞと実に燃えます!」


 自信を持てという話をされたと思ったら、次には何故かその自信をへし折りたいという結衣の願望を熱く語られてしまった。


 そんな結衣の様子に、ああ、なるほど、確かに僕のカノジョは面倒くさいと渚は苦笑を浮かべる。

 だけどそんな面倒くさいカノジョを、これまで以上に大切にしたいと思っている自分がいた。


 これまでは大事に宝箱へしまっていたけれど、これからは肌身離さず持ち歩くような大切さだ。

 

「……ですから私としては先輩が自信満々だと倒した時の爽快感が段違いで、って先輩、聞いてます?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「もう、ちゃんと話を聞いてください。どうせ考え事なんて破局のピンチを乗り越えたから、仲直りえっちがしたいなとかそんなのでしょ!?」

「そんなこと考えてないよっ!」

「え? したくないんですか、仲直りえっち?」


 したい、と渚が素直に答えようとしたその時だった。

 

 ぶるるるるるる。

 

 突然、スマホが震えた。

 見ると健斗からのメッセージだった。


 結衣のことも大切だけど、自分のせいで滅茶苦茶にしてしまった合コンの主催者兼親友も大事だと、渚は結衣に断ってスマホを操作する。

 

「ええええええっ!?」


 そしてスマホの画面を見て、渚は思わず大声をあげた。

 

「どうしたのです?」

「それが……健斗の奴、小泉さんに僕のアドレスを教えちゃったらしくて」


 少し戸惑ったものの、渚は素直に打ち明けた。


「へぇ。きっと何か企んでますね」

「うん、面倒なことにならなきゃいいんだけど」

「上等。完膚なきまでに返り討ちにしてやりましょう」

「自信満々だね、結衣」

「こういうのは隙を見せたら負けなんですよ。ですから私は先輩の方が心配です」

「僕?」

「先輩は隙だらけですからね。あの大きなおっぱいに顔を挟まれたら即落ちしそうで怖いです」

「あはは、そんな馬鹿なことあるわけ――」


 笑い飛ばそうとする渚の手を不意に結衣が握った。

 と、助手席からぐいっと上半身を乗り出して渚へと近づく。


 ふたりの距離はたちまち恋人のそれとなり、結衣の唇が妙に艶めかしくひかる。

 

 まるで誘蛾灯だ。

 そう思いながら渚は接触衝動を抑えきれず、自らの唇を近づけていく。

 

 むぎゅ。

 

 しかし、あともう少しで唇が重なるその直前に。

 結衣にいざなわれた渚の手に、何か柔らかいものが押し付けられた。

 それは服の上からだと気付かないものの、実は存外にボリュームがある結衣の――。


「いいですか、先輩」


 驚き呆気に取られる渚に結衣が宣言する。

 

「先輩が好きになっていいのは、私のだけです。先輩のを、私へので埋めてあげますよ」

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