第31話:だって君も

「君たち、ここはレストランだよ。静かにしたらどうだい?」


 店の入り口付近で修羅場っている渚たちに、落ち着いた様子で諫める声。

 見るとスーツ姿の男がパスタをフォークでくるくる巻き付けながら、呆れ顔で渚たちを見つめていた。

 

 年齢は渚たちより2,3歳上と言ったところだろうか。

 身に纏うスーツといい、この修羅場に物怖じしない物言いといい、大人っぽい余裕を存分に感じさせる色男だった。

 

「詳しくは知らないけれど、どうやらそこの君はカノジョがいるのに隠れて合コンに来たみたいだね?」


 渚に尋ねる内容は、結衣のそれと変わりはない。

 しかし結衣とは違って男の口調は柔らかく、瞳には笑みが零れ、表情は慈愛に満ちている。

 

「隠れてと言うか、その、友人に頼まれて仕方なく来たんです」

「それを隠れてと言うんですよ、渚先輩!」

「はいはい、だから大声をあげないで、神戸さん。それにしてもそうか、友人に頼まれたんだね。うんうん、その気持ちはよく分かるよー。友人に頼まれたら無碍には断れないもんねぇ。だからどうだろう神戸さん、ここは寛大な心で彼を許してあげると言うのは?」

「は? なんで許さなきゃいけないんです? そもそもどうしてそんなことをあなたに――」

「だって君も彼氏にウソついて合コンに来たんでしょ?」


 結衣の言葉を男が遮った。

 

「しかもその理由も彼氏君と同じ、友人に頼まれて仕方なくなんだろうね。言わなくてもそういうのは態度で分かるものさ」


 男の言葉に結衣がぎょっと目を見開く。

 まさに男の言う通りだった。


 結衣も合コンは断ると一度は渚に言っておきながら、結局断り切れずに仕方なく内緒で出席していたのだ。

 だからどちらもお互い様である。

 

「てことでここはお互い水に流して、それぞれ合コンを楽しむってのはどうかな?」

「おおっ! まさしく仰る通り! ここは何もかも忘れて楽しみましょう!」


 男の提案にすかさず支持表明をしたのは健斗だった。

 遅れて一年生コンビがそれに倣い、経済学部の女の子たちもどうしようかと顔を見合わせながらもせっかくここまで来たんだからと後に続く。

 

「…………」

「…………」


 ただ、渚と結衣のふたりだけは気まずそうに沈黙したままだ。

 

「ほら、行きますよー、先輩!」


 渚に絡ませた腕に力を入れて雛子が引っ張る。

 

「神戸さん、ちょっと落ち着こうか」


 一方でいつのまにか男は立って結衣に近づくと、恭しく彼女を元の席へとエスコートしていく。

 と、結衣が席に座ったところで渚へと振り返り、にこっと白い歯を見せて話しかけた。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はR大学医学部4年の菱本葉介。よろしくね、彼氏君」

 

 それはとても友好的な挨拶。

 が、渚は身体の奥からぞわぞわと何かが這い上がっているよう感覚に襲われるのだった。

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